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発見の名言
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101−110
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101.
自分の得意なものを発見したならば、
大事に育てることが大切である。
育てるといっても、
その得意なものを
「井の中の蛙大海を知らず」式に、
自分の小さな穴の中でいじり廻しているだけでは
大成しない。
それでは早くから小さく固まってしまい、
融通性も弾力性もなくなるので、
後で気付いた時には、
どうにも動かせないデクの棒になってしまう。
そうなってからでは手遅れである。
若さも、新しい創意の芽も、全然期待できないだろう。
(
本田宗一郎
)
102.
もし(特定の世代に)
大いに糾弾すべき不徳が発見されたとすれば、
(例えば)若い人というばくぜんとした存在の罪にせず、
はっきりと、「何某(なにがし)がわるい」と
名指しして論ずるがいい。
(
司馬遼太郎
)
103.
ある天才生物学者があった。
山を歩いていてすべってころんで尻もちをついた拍子に、一握りの草をつかんだと思ったら、その草はいまだかつて知られざる新種であった。
そういう事がたびたびあったというのである。
読書の上手(じょうず)な人にもどうもこれに類した不思議なことがありそうに思われる。
(
寺田寅彦
)
104.
詩は一瞬間に於(お)ける霊智の産物である。
ふだんにもつてゐる所のある種の感情が、電流体の如きものに触れて始めてリズムを発見する。
この電流体は詩人にとつては奇蹟である。
詩は予期して作らるべき者ではない。
(
萩原朔太郎
)
105.
我々は決して
(互いに)ぽつねんと切りはなされた宇宙の単位ではない。
我々の顔は、我々の皮膚は、
一人一人にみんな異(ことな)つて居る。
けれども、実際は
一人一人にみんな同一のところをもつて居るのである。
この共通を人間同志の間に発見するとき、
人類間の『道徳』と『愛』とが生れるのである。
この共通を人類と植物との間に発見するとき、
(人間と)自然間の『道徳』と『愛』とが生れるのである。
そして我々はもはや永久に孤独ではない。
(
萩原朔太郎
)
106.
芸術家は彼の創作においてのみ
自分自身が発見され、所有され得ることを
知っているので、
彼は創作し続ける。
彼は自分がそれらに与える形象において
初めて自分の世界と自分に固有な自我をもつのである。
(
エルンスト・カッシーラー
)
107.
新らしさが「発見」であるとするならば、発見ほど既存を強く意識させるものはない筈だ。
発見は「既存」の革命であるが、それは既存そのものの本質的な変化ではなく、既存の現象的相対的変化に他ならない。
既存の革命というよりも、既存の意味の革命というべきだ。
(
三島由紀夫
)
108.
自然科学では
独創ということがすぐ発見というものに結びつくが、
人文科学では、
独創をただちに発見であるとは考えない風潮がつよい。
だから、世間も発見といえば、
自然科学だけのことのように思いこんでいる。
(
外山滋比古
)
109.
蘭学(らんがく)の先駆者たちがたった一語の意味を判読し発見するまでに費やした辛苦とそれを発見したときの愉悦とは今から見れば滑稽にも見えるであろうが、また一面には実にうらやましい三昧(ざんまい)の境地でもあった。
(
寺田寅彦
)
110.
自己との対話は、
たとえそれがどのようなものであれ、
まったく不毛なものというわけではない。
いつの日にかおのれを再発見する
という希望にすぎないにしても、
必ず何かが生まれるはずである。
(
E・M・シオラン
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