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[ 名言 ]
名詞とは逆に、動詞がだんだん貧しくなっている。
ありあまる名詞ばかりの世にはばかる動詞は、一つだけだ。
名詞の次に「する」をくっつけた動詞だ。
つまり、名詞があらわしていることをするという動詞だ。
言葉のほとんどが、ただもう名詞でしかなくなっている。

[ 出典 ]
長田弘[おさだ・ひろし]
(詩人、1939〜2015)
『感受性の領分』

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長田弘の名言

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〈全文〉
新しい言葉がどっとばかりにふえて、昨日まではなかった言葉が、今日はもうぬきさしならない言葉におもえる。
新しい技術。
新しい商品。
新しい概念。
新しい病気。
新しい流行。
すべてがまずもたらすのは、新しい言葉だ。
日々にあって、身のまわりを見わたして、よく知らない言葉のほうが、よく知っている言葉よりもずっと多くて、よくよく知っている言葉でわかるものよりも、わからないもののほうがずっとおおいという光景が普通になった。

知らない言葉が、新しい言葉だ。
知らないことを知ることができる言葉が新しい言葉なので、新しい言葉を新しく覚えることが、いまでは日常の新しい経験になった。
けれども、日々の景色を新しくつくりかえてきた新しい知らない言葉は、落ち着いてかんがえると、びっくりするほど実は偏っていることに気づく。

新しい知らない言葉というのは、そのほどんどが、ただ新しい名詞ばかりなのだ。
はじめに新しい名詞ありき、ということだ。
世に新しいもの、新しい技術や新しい商品。
新しい概念。
新しい病気。
新しい流行。
それらによってじぶんにもたらされてきたおびただしい新しい言葉というのは、もっぱら新しい名詞なのだ。
いいかえれば、わたしたちが手にもつ言葉のなかで、新しい知らない名詞だけがとんでもなくふえつづけているというのが、ほんとうだろう。
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新しい知らない名詞は、覚えるか、知らないか、それだけだ。
覚えたものは知っていて、知らないものは知らない言葉だ。
線引きの言葉だ。
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次から次へおびただしくつくりだされてきた新しい名詞は、それまに知られなかった新しいことをその言葉によっていま、ここに新たにつたえると同時に、また、その言葉を知ると知らないもののあいだをへだて、おたがいを孤立させるということをしてきたとおもう。
その名詞を知らなければ、話にならない。
その名詞を用語として共有できて、はじめて場ができる。
いまはそんなふうだ。
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「知ってる?」会話は、とどのつまり、新しい知らない名詞をたがいに確かめるだけになった。
知識とは、新しい知らない名詞をたくさん収集することであり、情報は、新しい知らない名詞をたくさん提供することだ。
売るとは、新しい知らない名詞を売ること。
消費は、新しい知らない名詞を消費することだ。
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圧倒的に、名詞の時代なのである。
なんだかんだといってゆたかとされる今日の、そのゆたかさは、おおすぎる名詞をひたすらこしらえて、使いつづけて、使い捨てているゆたかさなのだ。
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それほどまでにたくさんの名詞をゆたかに手に入れながら、しかしいま、まるでほったらかしにされているのは、動詞だろう。
日々にはつらつとした動詞がおとろえてきて、名詞とは逆に、動詞がだんだん貧しくなっている。
ありあまる名詞ばかりの世にはばかる動詞は、一つだけだ。
名詞の次に「する」をくっつけた動詞だ。
つまり、名詞があらわしていることをするという動詞だ。
職業の名詞がしめしていることを「する」のが仕事、遊びの名詞があらわしていることを「する」のが遊びだ。
その名詞をじぶんに受けいれるということが、「する」ことなのだ。
その名詞にしたがう一つの従属動詞しか、動詞が使われなくなっている。
言葉のほとんどが、ただもう名詞でしかなくなっている。
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政治の言葉が、行政の言葉が、企業の言葉が、宣伝の言葉が、技術の言葉が、学問の言葉が、さらにはメディアの言葉が、世代の言葉が、まだ知られない新しい意味を追いかけて、実際にきそってつくりだしてきたのは、反対に、いつもいつも見なれない名詞に追いたてられるような、慌しい言葉の世界だ。
名詞頼みというのは、言葉を窮屈に、気づまりな、権高なものにする。

1901年、20世紀がまだ真新しかったとき、夏目漱石は、じぶんへの戒めを、日記に誌(しる)している。
漱石が認めたのは、3つの動詞をじぶんにとりもどす、ということだった。
「真面目に考えよ。
 誠実に語れ。
 摯実に行へ。」新しい意味をもつどんな名詞でもなくて、漱石が20世紀という未来にむけて、一人のじぶんに必要な言葉としてまずもとめたのは、「考えよ。
 語れ。
 行え。」という、その3つの動詞だった。

名詞は、てんから意味を決めこむ。
けれども動詞は、できあがった意味をもたない。
しっかり動詞を生きなければ、動詞に意味は生まれてこない。
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漱石はその3つの動詞を、「内に虚にして大呼するなかれ」という自戒のするあとにおいたのだった。
20世紀もおわりにちかくなったいまでも、漱石ののぞんだような、動詞をぞんぶんに生きるという一個のまっとうな生きかたが重んじられているとは、やっぱりいえない。

新しい知らない名詞じゃない。
じぶんのもつ3つの動詞を、じぶんがどれだけ新しく、ゆたかに生きられるかどうか。
そのあたりまえのことが、人間の言葉の急所だ。
「考えよ。
 語れ。
 行え。」
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いまは名詞がおおすぎる。
そして動詞がすくなすぎる。
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