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[ 名言 ]
切っ先のように、ひとの、
存在に突きつけられている、
不思議な空しさ。

[ 出典 ]
長田弘[おさだ・ひろし]
(詩人、1939〜2015)
詩集『死者の贈り物』
詩「夜の森の道」

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〈全文〉
夜がきたら、森へゆく。
手に何も持たず、一人で、
感覚を、いっぱいにひらいて。
歌を、うたってはいけない。
ことばを、口にしてはいけない。
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日の数で、数えてはいけない。
人生は、夜の数で数えるのだ。
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あらゆる気配が、押しよせてくる。
ゆっくりと、見えないものが見えてくる。
森の中で、アオバズクが目を光らせて、
櫟(くぬぎ)の朽ち木に群がるオオクワガタを噛み殺す、
夏の夜。物語の長さだけ長い、冬の夜。
夜の青さのなかに、いのちあるものらの影が
黒い闇をつくって、浮かんでいる。
ものみなすべては、影だ。

遠くのあちこちで、点々と、
あかあかと燃えあがっている火が見える。
あれは、人のかたちに編んだ
木の枝の籠に、睡(ねむ)っている人を詰め、
その魂に火をつけて、燃やしているのだ。
信じないかもしれないが、ほんとうだ。

ひとの、人生とよばれるのは、
夜の火に、ひっそりとつつまれて、
そうやって、息を絶つまでの、
「私」という、神の小さな生き物の、
胸さわぐ、僅(わず)かばかりの、時間のことだ。
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神は、ひとをまっすぐにつくったが、
ひとは、複雑な考え方をしたがるのだ。
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切っ先のように、ひとの、
存在に突きつけられている、
不思議な空しさ。
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何のためでもなく、
ただ、消え失せるためだ。
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ひとは生きて、存在しなかったように消え失せる。
あたかもこの世に生まれでなかったように。
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