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[ 名言 ]
五十歳なんて年は、
昔は考えるだけでも恐ろしく、
身の毛がよだつほど厭(いや)らしかった。
そんな年寄りになるまで生きていて、
人から老人扱いをされ、
浅ましい醜態を曝(さら)して徘徊する位なら、
今の中(うち)に早く死んだ方がどんなにましかも知れない。
断じて自分は、そんな老醜を世に曝すまいと決心していた。
ところがいよいよ五十歳になってみると、
やはりまだ生に執着があり、
容易に死ぬ気が起らないのは、
我ながら浅ましく、卑怯未練の至りだと思う。

[ 出典 ]
萩原朔太郎[はぎわら・さくたろう]
(大正〜昭和の詩人・作家、1886〜1942)
「老年と人生」
清岡卓行編『猫町 他十七篇』に収載

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〈全文〉
老いて生きるということは醜いことだ。
自分は少年の時、
二十七、八歳まで生きていて、
三十歳になったら死のうと思った。
だがいよいよ三十歳になったら、
せめて四十歳までは生きたいと思った。
__ Link __

それが既に四十歳を過ぎた今となっても、
いまだ死なずにいる自分を見ると、
我ながら浅ましい思いがすると、
堀口大学君がその随筆集『季節と詩心』の中で書いているが、
僕も全く同じことを考えながら、
今日の日まで生き延びて来た。
三十歳になった時に、
僕はこれでもう青春の日が終った思い、
取り返しのつかない人生を浪費したという悔恨から、
泣いても泣ききれない断腸悲嘆の思いをしたが、
それでもさすがに、
自殺するほどの気は起らなかった。
__ Link __

その時は四十歳まで生きていて、
中年者と呼ばれるような年になったら、
潔よく自決してしまおうと思った。
それが既に四十歳を過ぎ、
今では五十歳の坂を越えた老年になってるのである。
五十歳なんて年は、
昔は考えるだけでも恐ろしく、
身の毛がよだつほど厭(いや)らしかった。
そんな年寄りになるまで生きていて、
人から老人扱いをされ、
浅ましい醜態を曝(さら)して徘徊する位なら、
今の中(うち)に早く死んだ方がどんなにましかも知れない。
断じて自分は、そんな老醜を世に曝すまいと決心していた。
ところがいよいよ五十歳になってみると、
やはりまだ生に執着があり、
容易に死ぬ気が起らないのは、
我ながら浅ましく、卑怯未練の至りだと思う。
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