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[ 名言 ]
腹ができて立派なる人格を持ち、疑うところなき感想文を、たのしげに書き綴るようになっては、作家もへったくれもない。
世の中の名士のひとりに成り失(う)せる。

[ 出典 ]
太宰治[だざい・おさむ]
(明治〜昭和の作家、1909〜1948)
『碧眼托鉢』(へきがんたくはつ)
「立派ということに就いて」と題する一節

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〈全文〉
もう、小説以外の文章は、なんにも書くまいと覚悟したのだが、或る夜、まて、と考えた。
それじゃあんまり立派すぎる。

みんなと歩調を合せるためにも、私はわざと踏みはずし、助平ごころをかき起してみせたり、おかしくもないことに笑い崩れてみせたりしていなければいけないのだ。
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制約というものがある。
苦しいけれども、やはり、人らしく書きつづけて行くのがほんとうであろうと思った。
そう思い直して筆を執ったのであるが、さて、作家たるもの、このような感想文は、それこそチョッキのボタンを二つ三つ掛けている間に、まとめてしまうべきであって、あんまり永い時間、こだわらぬことだ。
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感想文など、書こうと思えば、どんなにでも面白く、また、あとからあとから、いくらでも書けるもので、そんなに重宝なものでない。
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さきごろ、モンテエニュの随想録を読み、まことにつまらない思いをした。
なるほど集。
日本の講談のにおいを嗅いだのは、私だけであろうか。
モンテエニュ大人(たいじん)。
なかなか腹ができて居られるのだそうだが、それだけ、文学から遠いのだ。

孔子曰(いわ)く、「君子は人をたのしませても、おのれを売らぬ。
 小人はおのれを売っても、なおかつ、人をたのしませることができない。」
文学のおかしさは、この小人のかなしさにちがいないのだ。
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ボオドレエルを見よ。
葛西善蔵の生涯を想起したまえ。
腹のできあがった君子は、講談本を読んでも、充分にたのしく救われている様子である。
私にとって、縁なき衆生(しゅじょう)である。

腹ができて立派なる人格を持ち、疑うところなき感想文を、たのしげに書き綴るようになっては、作家もへったくれもない。
世の中の名士のひとりに成り失(う)せる。
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ねんねんと動き、いたるところ、いたるところ、かんばしからぬへまを演じ、まるで、なっていなかった、悪霊の作者が、そぞろなつかしくなって来るのだ。
軽薄才子のよろしき哉(かな)。
滅茶な失敗のありがたさよ。
醜き慾念の尊さよ。
(立派になりたいと思えば、いつでもなれるからね。)
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