雀を見よ。
何ひとつ武器を持たぬ繊弱の小禽(しょうきん)ながら、自由を確保し、人間界とはまったく別個の小社会を営み、同類相親しみ、欣然(きんぜん)日々の貧しい生活を歌い楽しんでいるではないか。 太宰治[だざい・おさむ]
(明治〜昭和の作家、1909〜1948) 『畜犬談』 【 太宰治の名言 】
※欣然(きんぜん)=よろこんで物事をするさま。
楽しんで(楽しげに)事をするさま。 〈全文〉
私は、犬をきらいなのである。 早くからその狂暴の猛獣性を看破し、こころよからず思っているのである。 たかだか日に一度や二度の残飯の投与にあずからんがために、友を売り、妻を離別し、おのれの身ひとつ、家の軒下に横たえ、忠義顔して、かつての友に吠え、兄弟、父母をも、けろりと忘却し、ただひたすらに飼主の顔色を伺い、阿諛追従(あゆついしょう)てんとして恥じず、ぶたれても、きゃんといい尻尾(しっぽ)まいて閉口してみせて、家人を笑わせ、その精神の卑劣、醜怪、犬畜生とはよくもいった。 日に十里を楽々と走破しうる健脚を有し、獅子をも斃(たお)す白光鋭利の牙(きば)を持ちながら、懶惰無頼(らんだぶらい)の腐りはてたいやしい根性をはばからず発揮し、一片の矜持(きょうじ)なく、てもなく人間界に屈服し、隷属(れいぞく)し、同族互いに敵視して、顔つきあわせると吠えあい、噛みあい、もって人間の御機嫌をとり結ぼうと努めている。 雀を見よ。 何ひとつ武器を持たぬ繊弱の小禽(しょうきん)ながら、自由を確保し、人間界とはまったく別個の小社会を営み、同類相親しみ、欣然(きんぜん)日々の貧しい生活を歌い楽しんでいるではないか。 思えば、思うほど、犬は不潔だ。 犬はいやだ。 なんだか自分に似ているところさえあるような気がして、いよいよ、いやだ。 たまらないのである。
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