冒険なんて下手な言葉を使うから何か血なまぐさくて不衛生な無頼漢みたいな感じがして来るけれども、信じる力とでも言い直したらどうでしょう。
太宰治[だざい・おさむ]
(明治〜昭和の作家、1909〜1948) 『お伽草子』 「浦島さん」 亀が浦島太郎に言ったセリフ 【 太宰治の名言 】
《 冒険・探検 》
〈全文〉
冒険なんて下手な言葉を使うから何か血なまぐさくて不衛生な無頼漢みたいな感じがして来るけれども、信じる力とでも言い直したらどうでしょう。 __ Link __ あの谷の向こう側にたしかに美しい花が咲いていると信じ得た人だけが、何の躊躇(ちゅうちょ)もなく藤蔓(ふじづる)にすがつて向こう側に渡って行きます。 それを人は曲芸かと思って、或(ある)いは喝采し、或いは何の人気取りめがと顰蹙(ひんしゅく)します。 しかし、それは絶対に曲芸師の綱渡りとは違っているのです。 藤蔓にすがって谷を渡っている人は、ただ向こう側の花を見たいだけなのです。 自分がいま冒険をしているなんて、そんな卑俗な見栄みたいなものは持ってやしないんです。 なんの冒険が自慢になるものですか。 ばかばかしい。 信じているのです。 花のある事を信じ切っているのです。 そんな姿を、まあ、仮に冒険と呼んでいるだけです。 あなたに冒険心が無いというのは、あなたには信じる能力が無いという事です。 信じる事は、下品(げぼん)ですか。 信じる事は、邪道ですか。 どうも、あなたがた紳士は、信じない事を誇りにして生きているのだから、しまつが悪いや。 それはね、頭のよさじゃないんですよ。 もっと卑しいものなのですよ。 吝嗇(りんしょく)というものです。 損をしたくないという事ばかり考えている証拠ですよ。
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