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俗(ぞく)
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低俗
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卑しさ
下劣
下品、品が悪い
劣る/劣等
平凡/凡庸
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1−100
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101−126
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101.
情報提供機関が多くの人数の人を対象にすればするほど、
一種の通俗化の傾向があらわれます。
やさしいことの方が、人が歓迎する。
むずかしいことはいやがる。
しかし、やさしいものばかり見ていれば、
それによって培われた人々はますますやさしいものが欲しくなる。
……
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(
加藤周一
)
(
Katou Shuuichi
)
102.
コンテクストを共有しない読者を納得させる俳句とは、多くの場合、機知の働いた句か、俗情に訴える句か、そうでなければ誰でもわかる類想句か、そのいずれかである。
(
小川軽舟
)
(
Ogawa Keishuu
)
103.
(世間の連中というのは)
のどかさと世俗は共存できる、
自分たちがいても鄙(ひな)びた雰囲気は損なわれない
と錯覚している。
つまり、そこでお祭り騒ぎをしておきながら、能天気にも
雰囲気はそのまま変わらないと思っているのだ。
……
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(
トーマス・マン
)
(
Thomas Mann
)
104.
私たちの身近な出来事をうみだしている根っこの部分には、前代の文化的伝統が秘められているにちがいない、それが民俗文化の一つの核を形成しているはずだという前提が、現代民俗学の課題としてつねにある。
(
宮田登
)
(
Miyata Noboru
)
105.
もはや進歩とか、人類のさらなる発展がいわば自動的にたっせいできるなどとは信じていません。
人類が自動的に進歩すると頭から信じているのは、満ち足りた俗物の輩ぐらいです。
(
ヴィクトール・フランクル
)
(
Viktor Frankl
)
106.
今は初夏!
人の認識の目を新しくせよ。
我我もまた自然と共に青青しくならうとしてゐる。
古きくすぼつた家を捨てて、
渡り鳥の如く自由になれよ。
我我の過去の因襲から、
いはれなき人倫から、
既に廃(すた)つてしまつた真理から、
社会の愚かな習俗から、
すべての朽ちはてた執着の繩を切らうぢやないか。
……
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(
萩原朔太郎
)
(
Hagiwara Sakutarou
)
107.
現代における(芸術に対する)解釈は、
つきつめてみると、たいていの場合、
芸術作品をあるがままに放っておきたがらない
俗物根性にすぎないことがわかる。
……
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(
スーザン・ソンタグ
)
(
Susan Sontag
)
108.
おのれの悲惨を自覚したところで、
それで同類たちの悲惨との和解が生じるわけではない。
めいめいが他人のうちにみずからの卑俗さを見て
仲よくするときほど、
嫌なことはない。
私にはそんなべたついた友愛を
どう扱っていいのか分からないのだ。
(
ミラン・クンデラ
)
(
Milan Kundera
)
109.
現実的な世俗の仕事は、
すべて皆「能率」であり、
実質の功利的価値によつて計算される。
だが文学と芸術とは、
本質的に能率の仕事ではない。
それは功利上の目的性をもたないところの、
真や美の価値によつて批判される。
……
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(
萩原朔太郎
)
(
Hagiwara Sakutarou
)
110.
しかも彼ら(=外国人)の俗にほめたたえる「日本美」というものは
過去の型であり、
われわれが現在の責任において創っているものではない
ということを胆に銘じて考えるべきです。
……
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(
岡本太郎
)
(
Okamoto Tarou
)
111.
出家的とは、決して(人生の)勝負を投げるのではない。
最後の最後まで、ゴールめざして完走するのが、
超俗的で真の人生である。
……
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(
外山滋比古
)
(
Toyama Shigehiko
)
112.
天才という言葉は、ややもすると努力に因(よ)らずして得たる知識才能を指すがごとく解釈されているのが、世俗の常になっている。
が、それは皮相の見たるを免れない。
(
幸田露伴
)
(
Kouda Rohan
)
113.
(生活詠は)失敗すると、詩情の片鱗もない低俗な世間話に堕する恐れがある。
(
岡本眸
)
(
Okamoto Hitomi
)
114.
私のすることに間違いなどあるわけがない。
違っているのは相手であり世間である。
天上天下唯我独尊は、お釈迦様ならいいが、凡俗がやると漫画である。
(
向田邦子
)
(
Mukouda Kuniko
)
115.
若さは川蝉のようにすばしこく感性や神経を飛ばせるけれど、
老いはそのような飛ばし方にはもう飽き飽きして、
とどのつまりはと世間の通俗のなかに沈んでいく。
格好良く言い換えれば、
無常感のなかに没することを潔しとするのである。
……
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(
清水哲男
)
(
Shimizu Tetsuo
)
116.
恋には、たくらみもあれば、おとし穴も用意される。
欺瞞も恫喝も存在する。
──というのは、恋におちいっているときは世俗を忘却するが、やがて、恋自体が“世俗”になるときがくるからである。
(
田辺聖子
)
(
Tanabe Seiko
)
117.
第一原理を否定する人々と論じることは
非常にうんざりすることなので、
賢明な人々は、普通それを断る。
だが、たんに通俗的な先入観でしかないものが、
誤って第一原理と考えられてしまうことは
ありえないことではない。
(
トマス・リード
)
(
Thomas Reid
)
118.
世界が理性的であるべきだとする断固たる要求をもちながら、これが満たされていないのを知ると、人間は世俗世界を放棄して、幸福と満足を自己との一致のなかに求めるであろう。
……
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(
ヘーゲル
)
(
Hegel
)
119.
読者は小説を読み、世の風俗や習慣や、乃至は感情や思想に就いて多くを学んだ積りでいるだろうが、ほんとうの処は、自分が世間を理解している以上のものは、何にも小説から汲みとっていやしないのだ。
いい小説は読者が進歩すればする程進歩する。
(
小林秀雄
)
(
Kobayashi Hideo
)
120.
今日の特徴は、
凡俗な人間が、
おのれが凡俗であることを知りながら、
凡俗であることの権利を敢然と主張し、
いたるところでそれを貫徹しようとするところにあるのである。
(
オルテガ・イ・ガセット
)
(
Ortega Y. Gasset
)
121.
事は鄙俗(ひぞく)の上に及ぶとも、懐かしくいひとるべし。
(
松尾芭蕉
)
(
Matsuo Bashou
)
122.
(俳句が)世俗的であること自体は
悪いことではない。
俗を吸収することは
俳句にとってむしろ重要なことである。
現代の俗語から
活力のある素材と措辞(そじ)を掬(すく)い上げることは、
和歌・連歌に反発して生まれた
俳句のルーツに立ち返ることだ。
俳句はけっして風流韻事ではない。
(
小川軽舟
)
(
Ogawa Keishuu
)
123.
賢明であることはたしかに必要ではあるが、それがあまりに普通で当たり前のことになるなら、選り好みの激しい趣味にとっては、むしろ低俗と受け取られてしまうだろう。
……
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(
ニーチェ
)
(
Nietzsche
)
124.
それぞれの世界宗教は、
民衆の生活に発する広汎な運動に依拠するなかで、
民俗信仰と結合し、
祖先崇拝を核とする共同体内部の信仰につながることで、
社会の基底部に定着した。
……
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(
高取正男
)
(
Takatori Masao
)
125.
民俗信仰とは、
みようによっては信仰の名に値しない、
ネガティブな存在である。
だからこそ、これ(=このこと)が
仏教をはじめとする外来の宗教信条とも容易に融合し、
それを基層で支える影の信仰としての地位を保持してきた
根本の理由であった。
(
高取正男
)
(
Takatori Masao
)
126.
我々は、
それが卑俗な行為だと自覚していても
抑制することは不可能である。
なぜなら、そうした行為は
原始的な悦楽を満足させるから。
(
ウーゴ・べッティ
)
(
Ugo Betti
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