(小説に於(お)いては)雰囲気の醸成を企図する事は、やはり自涜(じとく)であります。
〈チエホフ的に〉などと少しでも意識したならば、かならず無慙(むざん)に失敗します。 太宰治[だざい・おさむ]
(明治〜昭和の作家、1909〜1948) 『風の便り』 井原退蔵が木戸一郎にあてた返事より 『芸術ぎらい』の中でも引用 【 太宰治の名言 】
《 文章の書き方 》
〈全文〉
誰しもはじめは、お手本に拠って習練を積むのですが、一個の創作家たるものが、いつまでもお手本の匂いから脱する事が出来ぬというのは、まことに腑甲斐(ふがい)ない話であります。 __ Link __ はっきり言うと、君は未だに誰かの調子を真似しています。 そこに目標を置いているようです。 〈芸術的〉という、あやふやな装飾の観念を捨てたらよい。 __ Link __ 生きる事は、芸術でありません。 自然も、芸術でありません。 さらに極言すれば、小説も芸術でありません。 __ Link __ 小説を芸術として考えようとしたところに、小説の堕落が胚胎(はいたい)していたという説を耳にした事がありますが、自分もそれを支持して居ります。 __ Link __ 創作に於(お)いて最も当然に努めなければならぬ事は、〈正確を期する事〉であります。 その他には、何もありません。 風車が悪魔に見えた時には、ためらわず悪魔の描写をなすべきであります。 また風車が、やはり風車以外のものには見えなかった時は、そのまま風車の描写をするがよい。 __ Link __ 風車が、実は、風車そのものに見えているのだけれども、それを悪魔のように描写しなければ〈芸術的〉でないかと思って、さまざま見え透いた工夫をして、ロマンチックを気取っている馬鹿な作家もありますが、あんなのは、一生かかったって何一つ掴めない。 __ Link __ 小説に於いては、決して芸術的雰囲気をねらっては、いけません。 あれは、お手本のあねさまの絵の上に、薄い紙を載せ、震えながら鉛筆で透き写しをしているような、全く滑稽(こっけい)な幼い遊戯であります。 一つとして見るべきものがありません。 __ Link __ 雰囲気の醸成を企図する事は、やはり自涜(じとく)であります。 〈チエホフ的に〉などと少しでも意識したならば、かならず無慙(むざん)に失敗します。 __ Link __ 無闇(むやみ)に字面(じづら)を飾り、ことさらに漢字を避けたり、不要の風景の描写をしたり、みだりに花の名を記したりする事は厳に慎しみ、ただ実直に、印象の正確を期する事一つに努力してみて下さい。 __ Link __ 君には未だ、君自身の印象というものが無いようにさえ見える。 それでは、いつまで経っても何一つ正確に描写する事が出来ない筈です。 __ Link __ 主観的たれ! 強い一つの主観を持ってすすめ。 単純な眼を持て。 __ Link __ 複雑という事は、かえって無思想の人の表情なのです。 それこそ、本当の無学です。 __ Link __
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