名言ナビ
→ トップページ
今日の
読書・本に関する名言
☆
5月29日
☆
→ 日別名言メニュー
← 前日の名言
→ 翌日の名言
1.
物を書く人は二度読む。
(
ラテンのことわざ・格言
)
2.
何度も繰り返し読みたくなるような書物でなければ、
少しも読む価値はない。
(
オスカー・ワイルド
)
3.
女は俺の成熟する場所だった。
書物に傍点をほどこしてはこの世を理解して行こうとした俺の小癪(こしゃく)な夢を一挙に破ってくれた。
(
小林秀雄
)
4.
(子供向けの物語は)紛争のあるところに理解を、悲しみのあるところに喜びを、対立のあるところに平和を、絶望のあるところに希望を、と教えることのできる物語であることが一番大切。
( ローセス )
5.
枝をあちこちからくわえてきて小鳥が巣をつくるように、
一冊、また一冊と本を買ってきて、
それで自分のまわりを飾り、自分の精神の巣をつくるわけである。
そうすると、そこに自分の世界ができあがる。
(
森本哲郎
)
6.
詩は経験である。
それはたとえば煙草(たばこ)をのんだり、しゃべったり、金銭登録器をがちゃがちゃ鳴らしたり、頭にこってりとチックをぬったりするのと変わるところはない。
(
寺山修司
)
7.
本が父親となれば、たとえばシェイクスピアはホラ吹き親父、モリエールはおもしろ親父、ドストエフスキイはおしゃべり親父、そしてトルストイは説教親父である。
(
井上ひさし
)
8.
どんなに難しく、厚い書物でも三回読めば理解し、暗記することが出来る。
(
法然
)
9.
本というものは、なるべくなら、読まずにすませたらそれに越したことはない、というのがわたしの本音である。
(
梅棹忠夫
)
10.
少しの隙(ひま)あらば、
物の本を、文字のある物を懐に入れ、
常に人目を忍び、見るべし。
( 北条早雲 )
11.
「読書」が本という文化の経験をかたちづくる全部ではありません。
「読書」というのは本を読むことですが、本を読むこと、「読書」を可能にしてきたのが「蔵書」です。
私的に蔵書するというすぐれて個人的な経験が、いまはとても損なわれるものになっています。
(
長田弘
)
12.
新聞を読んでいる人が、すっと、目を上げた。
ことばを探しているのだ。目が語っていた。
ことばを探しているのだ。手が語っていた。
ことばを、誰もが探しているのだ。
ことばが、読みたいのだ。
(
長田弘
)
13.
書物を読むということは、
他人が辛苦(しんく)して成し遂げたことを、
容易に自分に取り入れて、自己を改善する最良の方法である。
(
ソクラテス
)
14.
読書について、
「どういう本を読んだらいいのか」という質問は、
じつに不要な質問なのです。
(
長田弘
)
15.
本は伝言板。
言葉は一人から一人への伝言。
(
長田弘
)
16.
書物……一万語を軟禁してある紙の城。
書物……重さ百グラムの愚者の船。
書物……押し花の犯罪。
書物……声を出さない雄弁機械。
書物……瞑想の紙製飛行機。
(
寺山修司
)
17.
伝えることの本質は、
(相手が)どう読むかという
伝えられる側の一方的な努力の中にあります。
(
長田弘
)
18.
一筋の清潔な主張に魅せられて、思わず、最後の頁に辿(たど)りつくことがあれば、これに越した幸福はない。
しかし、その途中で、明快な論旨が十分に呑み込めてしまうこともある。
「判った」と思うこともある。
そこで読むのをやめたところで、一流の著者なら、ニッコリ笑って頷(うなず)くにちがいない。
( 清水幾太郎 )
19.
「読む本」「読むべき本」が、本のぜんぶなのではありません。
本の大事なありようのもう一つは、じつは「読まない本」の大切さです。
(中略)「本の文化」を深くしてきたものは、読まない本をどれだけもっているかということです。
その本をそれまで読んだことがない。
にもかかわらず、その本を読んで、「私」という人間がすでにそこに読みぬかれていたというふうに感じる。
のぞむべき本のあり方はそうであり…(後略)
(
長田弘
)
20.
いい本というのは、そのなかに「いい時間」があるような本です。
読書という営みがわたしたちのあいだにのこしてきたもの、のこしているものは、本のもっているその「いい時間」の感触です。
(
長田弘
)
← 前日の名言
→ 翌日の名言
→ 日別名言メニュー
→ 今日の名言(テーマ別)
→ 今日の名言(星 座 別)
→ 今日の名言(血液型別)
→ 日別の名言(テーマ別)
→ 日別の名言(星 座 別)
→ 日別の名言(血液型別)
→ トップページ