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層(そう)
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1−100
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101−113
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101.
脳タリンと才タリン。
どっちもアホや。
しかし、
脳タリンは生まれつきのものだからしかたないが、
才タリンは修行しだいでもっとかしこくなる。
(
田辺聖子
)
(
Tanabe Seiko
)
102.
人柄にも賞味期限がある。
ただしたべものと人柄のちがう所は、
人柄は修行すれば
(かしこくたちまわれば)
いつも旬(しゅん)でいられる、ということだ。
……
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(
田辺聖子
)
(
Tanabe Seiko
)
103.
何もかも忘れてそれに見入るという事、
前後を截(き)り放し、
一心不乱に、その物に注意を集中するという事は、
長い修業をつまなければ、
誰にでも出来る事ではない。
大抵の人は物を見て
実はちっとも物を見ていないのである。
……
(→続きはクリック)
(
小宮豊隆
)
(
Komiya Toyotaka
)
104.
およそ道を学ぶ者にとっては、
天地の間、有(あら)ゆるものが師である。
一木一草と雖(いえど)も
無用に存在するものではない。
先人は水面(みなも)に映る月影を見て道を悟ったとも云(い)う。
この謙虚な、撓(たゆ)まざる追求の心が無くては、
百年の修業も終りを完(まっと)うすることはできない。
(
山本周五郎
)
(
Yamamoto Shuugorou
)
105.
人間は一生のうち、
何処(どこ)かで一度は徹底して
「名利(めいり)の念」を断ち切る修業をさせられるがよい。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
106.
真の修業とは、
つねに限りなく求めることの外(ほか)ないのです。
すなわち自己に与えられた生命の限りを、
どこまでも生かそうとすることです。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
107.
正しく精(くわ)しく物を見て、
その本質を把握して
過(あやま)たないようになり得る為には、
人は、いろんな意味で、
修業を積み錬磨を重ねなければならない。
……
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(
小宮豊隆
)
(
Komiya Toyotaka
)
108.
人間下座(げざ)の経験のない者は、
まだ試験済みの人間とは言えない。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
109.
人間というものは、
平生(へいぜい)、事のない場合においても、
下坐行(げざぎょう)として何か一つ二つは、
持続的に心がけてすることがなければ、
自分を真に鍛えていくことはできにくいものです。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
110.
要するに平生(へいぜい)が大事なのです。
このことを昔の人は、
「平常心是道(これどう)」と申しています。
つまり、
剣を持ったり、坐禅をしている間だけが修業ではなくて、
むしろ真の修業は、
竹刀を捨て坐禅を解いてから始まるというわけです。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
111.
世間がその人の真価を認めず、
よってその位置が
その人の真価よりはるかに低くても、
それをもって、
かえって自己を磨く最適の場所と心得て、
不平不満の色を人に示さず、
わが仕事に精神するのであります。
これを「下坐(げざ)を行(ぎょう)ずる」というわけです。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
112.
人間は四十までは、もっぱら修業時代と
心得ねばならぬ。
……
(→続きはクリック)
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
113.
完璧な芸術家というものは、生来の素質よりも修業に負うところが多い。
(
ゲーテ
)
(
Goethe
)
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101−113
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