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立身をしようとおもえば
余人(ひと)の三倍は働かねばならぬ。 それも、ただ、汗水ながして働いただけでは、 とうてい余人を追いぬいて先へ立つことはかなわぬ。 躰(からだ)のみか、頭も 余人の三倍はつかわねばならぬ。 池波正太郎[いけなみ・しょうたろう]
(小説家、1923〜1990) 『忍びの女(上)』
〈全文〉
むかしなあ、まだ筑前守(ちくぜんのかみ)(=秀吉)どのが信長さまの足軽で、御馬の後について駆けまわっていたころのこと。 筑前守どのは、立身をしようとおもえば余人(ひと)の三倍は働かねばならぬと、おおせあったものじゃ。 それも、ただ、汗水ながして働いただけでは、とうてい余人を追いぬいて先へ立つことはかなわぬ。 躰(からだ)のみか、頭も余人の三倍はつかわねばならぬとおおせあってな。 それはもう、日中は、あれほど身を粉にして奉公なされた上、家へもどって日が暮れれば、毎日、かならず机に向かい、書物を読み、手習いをなされた。 そうして、いつの間にか、空が白んでくることも数えきれぬほどにあったものじゃ。
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