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今日の
長田弘の名言
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6月25日
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1.
(役者は)
他人の人生を 生きる仕事
等身大でしか やれない稼業
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
2.
ときには、木々の光りを浴びて、
言葉を深呼吸することが必要だ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
3.
ひとが人生をつまらなくしてしまうのは、
たのしみが足りないからではない。
「生は暫(しば)しの訪れ」であるという覚悟が足りないのだ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
4.
地図のうえの一点でしかない
遥かな国々の遥かな街々も、本だ。
そこに住む人びとの本が、街だ。
自由な雑踏が、本だ。
夜の窓の明かりの一つ一つが、本だ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
5.
わたしは、経験というものは、体験者が非体験者へつらなる道をさぐること、非体験者が体験者への想像力を獲得してゆくことの交差によって、はじめて経験とよべるものになってゆくんだとおもうんですね。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
6.
今日、ひつようなのは、一日一日の、
静かな冒険のためのことば、祈ることばだ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
7.
読書するとは、
偉そうな物言いをもとめることでも、
大それた定理をさがすことでもなく、
わたしをして一人の「私」たらしめるものを再確認して、
小さい理想をじぶんで更新するということです。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
8.
風景と共存していくということを考える中で体験が受け継がれていかないといけないんじゃないかな。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
9.
これが自分の椅子だ、これが自分にとっていちばんいい椅子だ、この椅子に座っていれば、たとえ本を読まなくて膝の上に本を置いて居眠りをしても楽しいという椅子にめぐりあえれば、人生の時間の感触はきっと違ってきます。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
10.
食卓につくことは、じぶんの人生の席につくこと。
ひとがじぶんの日々にもつ人生のテーブルが、食卓だ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
11.
戦争ほど、声高に大義を語りつづけて、後になればまっさきに明らかな問題を、そのときはまっさきに問題の外に遠ざけてしまうものはありません。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
12.
空の下で、樹のことばを、聴くように見、見るように聴く。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
13.
じぶんの記憶をよく耕すこと。
その記憶の庭にそだってゆくものが、人生とよばれるものなのだと思う。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
14.
名詞とは逆に、動詞がだんだん貧しくなっている。
ありあまる名詞ばかりの世にはばかる動詞は、一つだけだ。
名詞の次に「する」をくっつけた動詞だ。
つまり、名詞があらわしていることをするという動詞だ。
言葉のほとんどが、ただもう名詞でしかなくなっている。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
15.
音楽をじぶんに強いているときは、疲労している。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
16.
わたしの場合、子どものときから、はじめたことよりも、やめたことのほうが、人生というものの節目、区切り目として、濃い影のように、心の中にのこっています。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
17.
見上げると、枝々の先に空がある。
枝々のあいだに空がある。
枝々が空を引き寄せるのが、樹なのだ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
18.
無名なものを讃えることができるのが歌だ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
19.
読んでおしまいというのではなく、読み終えたところからはじまる本があります。
ふりかえってみて、そこが入り口だったという本です。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
20.
人生の特別な一瞬というのは、本当は、ごくありふれた、なにげない、あるときの、ある一瞬の光景にすぎないだろう。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
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