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1.
自信を持つ者が人を導く。
(
ホラティウス
)
(
Horatius
)
2.
世間一般の考えに従って生活することはごく易しい。
また、自分のことだけ考えて孤独の生活を送ることもごく易しい。
だが悟りを開いた人間とは、
群集の真っただ中にありながらも、
自立の醍醐味を心ゆくまで味わうことのできる人間である。
(
エマーソン
)
(
Ralph Waldo Emerson
)
3.
群集は孤独者の家郷(かきょう)である。
(
ボードレール
)
(
Charles Baudelaire
)
4.
群衆は千の頭を持つ怪物である。
(
ホラティウス
)
(
Horatius
)
5.
世の中で人の言う通りに生きるのは簡単だ。
また、独りのときに自分の意のままに生きるのも簡単だ。
しかし偉大な人間は、
群集の真っただ中で完璧な優しさを保ちながら、
独りのときの意志を貫くのだ。
(
エマーソン
)
(
Ralph Waldo Emerson
)
6.
狡猾なる政治家は、
群集心理を利用して、
自家(じか)の利益に資する。
国民は心して、
そうも容易におどろかされてはいけない。
……
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(
桐生悠々
)
(
Kiryuu Yuuyuu
)
7.
春愁(しゅんしゅう)やむしろちまたの人むれに
( 岡野由次 )
8.
孤独でいかに暮らすかを知らない者は、
忙しい群集の中でいかに忙しく暮らすかも知らない。
(
ボードレール
)
(
Charles Baudelaire
)
9.
群衆の賛美しない作品は、すべて呪われるのだ!
群集が蔑むもの、
それはなんの価値もない。
(
ルイ・エクトル・ベルリオーズ
)
(
Louis Hector Berlioz
)
10.
生命に導く道は狭く、これに入る者は少ない。
なぜ少ないかと言えば、大多数の者は、みんなが歩く広い道へ入るからである。
本当の道は狭くて、一人ずつしか入れない。
それに入るためには、群衆と一緒に歩くのでなくて、仏陀とか孔子とかソクラテスとかキリストとかといった孤独な人のあとについてゆかなければならない。
彼らこそ自分自身のために、そしてまた我々みんなのために、次々と同じ狭い道を開いていった人々なのである。
(
ルーシー・A・マロリー
)
(
Lucy A. Mallory
)
11.
魚も一匹だけのときは警戒心が強く、
なかなか餌(=釣り餌)にとびつくものではない。
それが複数になり群集になるほど
警戒心より競争心が強くなり、
なかまのやることにはわれ先にととびつき、
見境もなく釣り餌にとびついてくる。
そして、ひと(=別の魚)の取ったものがすばらしく見えて、
餌をくわえたなかまを追いかけていく。
( 富永盛治郎 )
12.
群衆の中に立って 空を見れば
大切なものに気付いて 狂おしくなる
(
桜井和寿
)
(
Sakurai Kazutoshi
)
13.
女性の慈愛は、
キリストが二三のパンと魚を群衆に食べさせた奇跡を日々繰返す。
( ルグーヴェ )
14.
人間は他の動物なみに概して、
安心せしめられるよりも、
おどかされやすい動物である。
特に群集心理が手伝った場合には、
常軌を逸(いっ)して、狂態をすら演ずる。
……
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(
桐生悠々
)
(
Kiryuu Yuuyuu
)
15.
群集の顎(あご)吊り上げし花火かな
(
仲畑貴志
)
(
Nakahata Takashi
)
16.
社会の群衆は
ある事に関して、
知らず識(し)らずの間に
一種の考えを懐いて来るものであるが、
それを言い表わそうとして
久しく言い表わせないでいる。
そこへ群集の中に、
誰か一人詩人的性格を有する者がいて、
群集に代(かわ)って
それを巧(たくみ)に言い表わし、
群集をしてそこだと言わしめることがある。
こういうように言い表わされた言葉が
すなわち俚諺である。
……
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(
伊波普猷
)
(
Iha Fuyuu
)
17.
心のいたく疲れた人、
重い悩みに苦しむ人、
わけても孤独を寂しむ人、
孤独を愛する人にとつて、
群集こそは心の家郷(かきょう)、
愛と慰安の住家(すみか)である。
……
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(
萩原朔太郎
)
(
Hagiwara Sakutarou
)
18.
都会の生活の自由さは、
群集の中に居る自由さである。
群集は一人一人の単位であつて、
しかも全体としての綜合(そうごう)した意志をもつてる。
だれも私の生活に交渉せず、
私の自由を束縛しない。
しかも全体の動く意志の中で、
私がまた物を考へ、為(な)し、味ひ、
人人と共に楽しんで居る。
……
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(
萩原朔太郎
)
(
Hagiwara Sakutarou
)
19.
「誤解を招くような事態を出来せしめたということにつきましては率直に非を認め、心よりお詫び申し上げます。
申し訳ございません」
と言ったとしてそれで群衆が納得するかと言うと、
当然、納得できないのは、
誤解を招いた、
自分は悪気はなかったし、
実際に悪くないのに、
周囲の状況や自分の説明が足りなかったため、
実は悪いのではないかと皆さんに思わせるようなことになってしまったことについては謝る、
と言っているに過ぎないからである。
……
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(
町田康
)
(
Machida Kou
)
20.
都会生活の自由さは、
人と人との間に、
何の煩瑣(はんさ)な交渉もなく、
その上にまた人人が、
都会を背景にするところの、
楽しい群集を形づくつて居ることである。
(
萩原朔太郎
)
(
Hagiwara Sakutarou
)
21.
都会生活とは、
一つの共同椅子の上で、
全く別別の人間が別別のことを考へながら、
互に何の交渉もなく、
一つの同じ空を見てゐる生活
――群集としての生活――
なのである。
(
萩原朔太郎
)
(
Hagiwara Sakutarou
)
22.
群衆、孤独、
これは活動的で多産な詩人にとっては
同等で相互変換できることばだ。
孤独を賑わす術(すべ)を知らぬ者は、
せわしい群衆にまじりながら
ひとりきりでいる術も知らない。
……
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(
ボードレール
)
(
Charles Baudelaire
)
23.
群集に浸るということは
誰にでもできることではない。
群集を楽しむことは
ひとつの芸術なのだ。
……
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(
ボードレール
)
(
Charles Baudelaire
)
24.
人には生来(せいらい)負け犬に肩入れをする義侠心がある。
しかし、それは個人個人の場合である。
群集の心理は
弱い者を踏みつけにし、
傷ついた者をさらに痛めつけることに傾く。
……
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(
谷沢永一
)
(
Tanizawa Eiichi
)
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