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今日の
長田弘の名言
☆
11月18日
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1.
幼いころのことで覚えているのは、
あとになってみれば、どれも他愛ない何でもないようなことばかりだ。
ありふれたちいさなこと。
なにげない日々のしぐさ。
ふるまい。
感覚の切れっぱし。
そうした幾つかの印象の断片が、けれども、
おおきくなればなるほどにいっそう確かになり、
動かせないものになる。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
2.
人間が言葉をうしなうのではない。
言葉が人間をうしなうのだ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
3.
この本を子どもが読んだらおもしろいだろう、子どものためになるのではないかというような目線で、子どもの本を見るのではなくて、なによりもまず、自分がこの本を読んでおもしろいだろうかという新鮮な眼差しで、子どもの本と付きあうということが、これからもっともっと大切になってくるのではないでしょうか。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
4.
気をつけたほうがいいのだ、
何事もきっぱりと語るひとには。
です。
であります。
なのであります。
語尾ばかりをきっぱりと言い切り、
本当は何も語ろうとしていない。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
5.
幸福は、途方もないものではない。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
6.
戦争に勝った側にのこるのは、
戦争の理念です。
戦争の理念というのは、
「戦争は解決である」と信じること。
戦争に敗れた側は、
戦争の理念を失います。
戦争の理念を失うというのは、
「戦争は解決ではない」と思い知ることです。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
7.
悲しいかな、世界は不正を受けいれている。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
8.
読みたいとおもう詩を読むこと。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
9.
得たものによってではなく、失ったものによってしか語れないものがあります。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
10.
子どもの本がどんな本とも違うというのは、子どもの本というものは子どもの本であって同時に大人の本でもあるからです。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
11.
そこに人間がいると確かにかんじられる風景というのは、ものみなが静かに笑っているような風景が、そうじゃないだろうか。
そうおもうのです。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
12.
本の文化というものが
これほど長い生命力をもち、
本というメディアが
これほど長い間わたしたちのなかに
必要なものとされて生きてきたのは、
そういうどこにでもあるものを
自分が読むことによって、
あるいは書くことによって、
特別なものにしてゆく方法としてのメディアだったためです。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
13.
言葉が語ることのできないものがある。
それは沈黙しか語ることができない。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
14.
ひとの自由は、
欲するところを行うことにあるのではない。
それは、欲しないことはけっして行わないことにあるのだ。
わたしは哲学者じゃない。
ただ一コの善人でありたい。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
15.
ひとは何をきっぱりと語れるのか?
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
16.
体験というのは、理解しあおう、正解をだしあおうというようなしかたで継承してゆくものでも、継承できるものでもないんですね。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
17.
学ぶとは感受性をきたえるということだ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
18.
「要約すれば主題はこうである」みたいな読みかたは、けっしてよくないんです。
そういう読みかたをつづければ、まず確実に、かんがえるということの快楽や、文体への感受性といったものは落っこちてってしまうのです。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
19.
聴くことは、愛することである。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
20.
死によってもたらされるのは虚しさですが、いちばんいい記憶を後に遺してゆくものもまた、しばしば死です。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
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