名言ナビ
→ トップページ
今日の
長田弘の名言
☆
2月11日
☆
→ 日別名言メニュー
← 前日の名言
→ 翌日の名言
1.
幼いころのことで覚えているのは、
あとになってみれば、どれも他愛ない何でもないようなことばかりだ。
ありふれたちいさなこと。
なにげない日々のしぐさ。
ふるまい。
感覚の切れっぱし。
そうした幾つかの印象の断片が、けれども、
おおきくなればなるほどにいっそう確かになり、
動かせないものになる。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
2.
さらりと老いてゆく人の姿はうつくしい。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
3.
読書というのは本来、そうしたちがった人びとのもつちがった言葉にむきあう一人の経験を土台としています。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
4.
古本屋には、本の声を「聴きに」いった。
黙りこくっている本のあいだに、ここにいると、こちらに語りかけてくる本がある。
ない本を探しにゆくのでなく、そこにある本の声を聴きにゆく。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
5.
(役者は)
他人の人生を 生きる仕事
等身大でしか やれない稼業
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
6.
詩人でなかったら、あなたの
人生はきっと幸福だった。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
7.
どうして、わたしたちは
騒々しくしか生きられないのか?
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
8.
いつかはない
いつかはこない
いつかはなかった
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
9.
人間が言葉をうしなうのではない。
言葉が人間をうしなうのだ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
10.
じぶんの人生は
じぶんできちんとつかわねばならない。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
11.
他人の言葉はダシにはつかえない。
いつでも自分の言葉をつかわねばならない。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
12.
日常をよく生きることにかけて、ひとは猫に、到底およばない。
「そこにいる」あるいは「ここにいる」ことを、猫のようにさりげなく上手に楽しむ才能は、ひとにはないとおもう。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
13.
すべきでないことはしないことを択(えら)べ、
すべきこととすべきでないことのあいだでは。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
14.
歌が刺激にすぎなくなっていって、音に隠されて、言葉が意味を失っていったときに、ジム・クロウチのしようとしたことは、言葉にせめて意味をかえして、人生の物語を人びとにかえすことだったと思う。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
15.
感受力というのは、だれかに教えられて育つというものではなくて、自分で、自分の心の器に水を入れてやってしか育たない、そういうものです。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
16.
言葉はわたしにとってどのようにも「完全」な言葉ではありえない。
むしろ不完全な言葉が不完全な人間としてのわたしを絶えず喚起するということにこそ、わたしは言葉の力をみとめたい。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
17.
ちいさな本屋には本がすくない。
しかし、かまわない。
わたしは本屋に、
本を探しにゆくのではない。
なんとなく本の顔を見にゆく。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
18.
言葉には、二つあります。
一つは、他者を確かめる言葉です。
挨拶の言葉。
手紙の言葉。
電話の言葉。
もう一つは、自分を確かめる言葉です。
ここに自分がいると感じられる言葉、
自分を確かめるための、
あるいはそのための方法としての言葉です。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
19.
詩とは、たんに書かれ、読まれる言葉の表面にとどまるのでなく、それが読まれる場所、耳にする時、そこでつくりだされる新たな感情、つまり一人のわたしがその詩にかかわる状況のいっさいである。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
20.
このさかしまな世では、すべてが逆だ。
騒音のうちにしか、静けさがない。
困苦のうちにしか、尊厳がない。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
← 前日の名言
→ 翌日の名言
→ 日別名言メニュー
→ 今日の名言(テーマ別)
→ 今日の名言(星 座 別)
→ 今日の名言(血液型別)
→ 日別の名言(テーマ別)
→ 日別の名言(星 座 別)
→ 日別の名言(血液型別)
→ トップページ