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今日の
長田弘の名言
☆
1月22日
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1.
声がことばをもとめ、ひとがことばにじぶんをもとめ、そして、ことばになった声からひとの物語がそだってゆく。
わたしたちが世界とよびならわしているのは、そのひろがりです。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
2.
十二月は師走。
師の走る月。
けれども、わたしの十二月は、ちがいます。
座る。
何もしない。
そして、いつもはない、ゆっくりとした時間をじぶんにとりもどす月です。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
3.
時間はきれいな空気のようなものだ。
一時間が過ぎると、六十分が過ぎる。
ふと目をあげると、日暮れがきている。
夜になる。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
4.
一日一日が冒険なら、
人の一生の、途方もない冒険には、
いったいどれだけ、じぶんを支えられる
ことばがあれば、足りるだろう?
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
5.
海を見にゆく、大きな木の許(もと)にゆく、遠くの見えるところにゆく。
あるいは、ある場所で、ある時間に、ある酒を飲む。
ここにいない人(=死者)と語らうことができる場所というのは、それらは全部、「本」。
それも、ほかに替えることのできない「一冊の本」だと思うのです。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
6.
今日多用されてゆきわたっているヴォキャブラリーは、
ほとんどが説明のヴォキャブラリーに終始しています。
それで分かるようになったかというと、
むしろ逆にひどく分かりにくくなった。
それはマニュアルなどに見るような文章の
分かりにくさ、不明瞭さがいい例です。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
7.
言葉の本質をなすものは、経験をくみあげて、新しい概念をつくりだす力。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
8.
わたしにとっての猫は、いわば物言わぬ哲学者のような存在であって、すぐれて耳澄ますことに秀でた、日々の対話の相手です。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
9.
激情はけっして言葉を正しくしない。
恨みつらみは言葉をだめにしてしまう。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
10.
いつでもまっさきに見落とされるもののうちにあるのは、
どんなときも平凡な真実だ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
11.
新しい言葉を覚えるまでには、
新しい言葉が自分の中に育つ時間が必要です。
自分にとって必要な言葉が
自分の中に生まれ育ってくるまでに
くぐらなければならないのは、
柔らかな「闇」です。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
12.
圧倒的に、名詞の時代なのである。
なんだかんだといってゆたかとされる今日の、そのゆたかさは、おおすぎる名詞をひたすらこしらえて、使いつづけて、使い捨てているゆたかさなのだ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
13.
古本市をのぞいて、
懐かしい本を見て、おもわず手にとる。
その懐かしさを誘うのは、
その本の言葉より、
しばしばその本のもつ雰囲気だ。
(中略)その一冊の本に、
遠いかつての友人を思い出すこともある。
その友人がずっと昔、
その本を持ち歩いていたのだ。
その本の表情に、
そのときの友人の表情がかさなって見える。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
14.
単純なものはたくさんの意味をもつ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
15.
今日の時間というのは季節を持たない時間、時計が刻む時間です。
近代が作ってきた社会というのは、時計が刻む時間を元にしてきました。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
16.
人が生きるために理由を必要とせず、
ただ口実だけを必要としている時代。
何でもできるが、
何をすべきかわからない。
不まじめと冗談だけが取り柄の時代。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
17.
暮らしに栄誉はいらない。
空の見える窓があればいい。
その窓をおおきく開けて、そうして
ひたぶるに、こころを虚しくできるなら、
それでいいのである。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
18.
自分というのはだれなんだろう。
どうやって「わたし」や「ぼく」は、一人の自分になってきたんだろう。
このいちばん古くて、いつでも新しい問いを、自分のことばで書きとめること。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
19.
快活であることができない。
それが、わたしたちの
不幸のすべてだ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
20.
樹を見ることは、樹を見上げることだった。
樹を見上げることは、樹の下に立ちどまることだった。
樹の下に立ちどまることは、時間のなかに立ちどまることだった。
時間のなかに立ちどまることは、黙ることだった。
黙ることは、聴くことだった。
聴くとは、樹のことばを聴くことだった。
樹のことばを聴くことが、樹を見ることだった。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
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