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今日の
長田弘の名言
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1月23日
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1.
世界はよろこばしい風景をとりもどすことができなくてはならない。
そうでないと不幸だ。
風景のひろがりのなかを旅し、旅をつづけて得たのは、その変わらない真実です。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
2.
どんなときも、人は風景のなかに生きています。
風景のない人生というのはありません。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
3.
どこかへゆくためにでなく、歩くことをたのしむために街を歩く。
とても簡単なようなのだが、そうだろうか。
どこかへ何かをしにゆくことはできても、歩くことをたのしむために歩くこと。
それがなかなかにできない。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
4.
言葉は、その言葉をどうつたえるかによってではなく、その言葉をどう読むかによって、決まる。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
5.
研がざれば光なしと言うが、感受性もおなじだ。
秘境も絶景もないが、遠くの街の日常を訪ねる旅の時間には、じぶんの感受性を更新できる、不思議な時間が隠れている。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
6.
一人の感受性のかたちを決定的にするのは、
大仰(おおぎょう)な出来事なんかじゃない。
ありふれた何でもない日々の出来事が、
おもわず語りだすような言葉。
その言葉をどのように聴きとったか、
ということなのだ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
7.
万葉集の昔からずっと海を見ること、寄せては返す白波を見つめることはこの世の有様に思いを致すということでもありました。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
8.
公園にはありふれた不思議がある。
そこへゆくと、思いがけなく、子どものころのじぶんに出会うことがある。
もう一人のじぶんに出会うこともある。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
9.
体験というのは、理解しあおう、正解をだしあおうというようなしかたで継承してゆくものでも、継承できるものでもないんですね。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
10.
大きな樹は、いま在るどんな存在より、ずっと長い時間を生きてきた。
樹は時間の肖像なのだ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
11.
世界を、過剰な色彩で覆ってはいけないのだ。
沈黙を、過剰な言葉で覆ってはいけないように。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
12.
地図のうえの一点でしかない
遥かな国々の遥かな街々も、本だ。
そこに住む人びとの本が、街だ。
自由な雑踏が、本だ。
夜の窓の明かりの一つ一つが、本だ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
13.
自分自身と言葉を交わすこと。
一人の人間のなかには、すべての人間がいる。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
14.
空を見て、音楽がそこにあると信じた。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
15.
物語には終わりなんてない。
いつもはじまりがあるだけだ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
16.
見つめるものは、何であってもかまわない。
ただ何を見つめようと、まずそこにある言葉に心をむける。
そこから言葉のありように対する感受性を研いでゆくようにすることを怠らなければ、目の前にある状況というのは、きっとまったく違って見えてきます。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
17.
過去も現在も未来もないんだ。
時間は過ぎ去りもしないし、新しくもやってもこない。
うつくしい時間は、つねに、いまここに、目の前にあるんだ。
静かな日の光のように。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
18.
このさかしまな世では、すべてが逆だ。
騒音のうちにしか、静けさがない。
困苦のうちにしか、尊厳がない。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
19.
よろこびを書こうとして、
かなしみを発見する。
かなしみを書こうとして、
よろこびを発見する。
詩とよばれるのは、
書くということの、そのような反作用に、
本質的にささえられていることばなのだと思う。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
20.
魅惑こそが詩集という本の力の源泉なのだ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
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