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私は、犬については自信がある。
いつの日か、かならず喰(く)いつかれるであろうという自信である。 私は、きっと噛(か)まれるにちがいない。 自信があるのである。 よくぞ、きょうまで喰いつかれもせず無事に過してきたものだと不思議な気さえしているのである。 諸君、犬は猛獣である。 太宰治[だざい・おさむ]
(明治〜昭和の作家、1909〜1948) 『畜犬談』
《 犬(イヌ) 》
〈全文〉
私は、犬については自信がある。 いつの日か、かならず喰(く)いつかれるであろうという自信である。 私は、きっと噛(か)まれるにちがいない。 自信があるのである。 よくぞ、きょうまで喰いつかれもせず無事に過してきたものだと不思議な気さえしているのである。 諸君、犬は猛獣である。 馬を斃(たお)し、たまさかには獅子(しし)と戦ってさえこれを征服するとかいうではないか。 さもありなんと私はひとり淋しく首肯(しゅこう)しているのだ。 あの犬の、鋭い牙(きば)を見るがよい。 ただものではない。 いまは、あのように街路で無心のふうを装い、とるに足らぬもののごとくみずから卑下して、芥箱(ごみばこ)を覗(のぞ)きまわったりなどしてみせているが、もともと馬を斃すほどの猛獣である。 いつなんどき、怒り狂い、その本性を暴露するか、わかったものではない。 犬はかならず鎖に固くしばりつけておくべきである。 少しの油断もあってはならぬ。 世の多くの飼い主は、みずから恐ろしき猛獣を養い、これに日々わずかの残飯(ざんぱん)を与えているという理由だけにて、まったくこの猛獣に心をゆるし、エスやエスやなど、気楽に呼んで、さながら家族の一員のごとく身辺に近づかしめ、三歳のわが愛子をして、その猛獣の耳をぐいと引っぱらせて大笑いしている図にいたっては、戦慄(せんりつ)、眼を蓋(おお)わざるを得ないのである。 不意に、わんといって喰いついたら、どうする気だろう。 気をつけなければならぬ。 飼い主でさえ、噛みつかれぬとは保証できがたい猛獣を、(飼い主だから、絶対に喰いつかれぬということは愚かな気のいい迷信にすぎない。 あの恐ろしい牙のある以上、かならず噛む。 けっして噛まないということは、科学的に証明できるはずはないのである)その猛獣を、放し飼いにして、往来をうろうろ徘徊(はいかい)させておくとは、どんなものであろうか。
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