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今日の
長田弘の名言
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9月3日
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1.
時間はきれいな空気のようなものだ。
一時間が過ぎると、六十分が過ぎる。
ふと目をあげると、日暮れがきている。
夜になる。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
2.
人と話すことは、喋ることではない。
人の言葉のなかにある沈黙を受けとる、ということだ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
3.
人生という本を、人は胸に抱いている。
一個の人間は一冊の本なのだ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
4.
読書というのは書を読むこと、本を読むことです。
けれども、読書に必要なのは本当は本ではありません。
読書のために必要なのが何かと言えば、それは椅子です。
(一部順序入れ替え)
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
5.
ひとは大人になって、高さを忘れる。
平行になじんで、垂直を忘れる。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
6.
音楽が熱望ではなく、祈りでもないなら何だろう。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
7.
ほとんどの大人たちは希望というような言葉を、いまではちゃんとじぶんではつかえなくなっています。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
8.
考えるとは、知恵の
悲しみを知ることである
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
9.
いま逆説というものがどうかすると失われつつというか、見落とされつつあるんじゃないか。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
10.
読書は、自分が自分にかける電話のようなもの。
自分で自分と話をする方法なのです。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
11.
平和という言葉は一人決めできない、一人じめできない言葉であり、むしろ平和ってどういうことだろう、という問いをふだんに共有してゆくための言葉だろう、というふうにおもうんです。
自明な言葉でも守る言葉でもなくて、それは問いをもってたがいにかかわってはじめて言葉であるような、そうした言葉ですね。
問いを分けあう開かれた関係を本質としてもっているという言葉ということです。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
12.
未来はいまも、未ダ来ラヌ時だろうか。
もう、そうではないのではないか。
いま、目の前にある、
小さなものすべて。
今日という、不完全な時。
大切なものは最上のものなのではない。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
13.
わたしがかんがえるのは、一人が一人に話しかける言葉、一人が一人に差しだす言葉としての、声になった言葉だ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
14.
「考えよ。
語れ。
行え。」
3つの動詞を、じぶんがどれだけ新しく、ゆたかに生きられるかどうか。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
15.
言葉というものは全体的なものじゃないとわたしは考えています。
言葉というのは世界の半分なんですね。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
16.
たがいの人間関係がすべてであるような毎日を前にすると、風景はそうした毎日の背景のようでしかなくなりがちです。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
17.
現実生活の友人は
その人が生きているということが前提ですが、
本は死んだ人すべてのなかから、
自由に自分で、友人を見つけることができる。
何千年もの昔に友人を求めることもできる。
読むとは、
そうした友人と遊ぶということです。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
18.
読書について、
「どういう本を読んだらいいのか」という質問は、
じつに不要な質問なのです。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
19.
現在を聡明に楽しむ。
それだけでいい。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
20.
旋律はものみなと会話する言葉だ。
(
長田弘
)
(
Osada Hiroshi
)
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