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今日の
寺山修司の名言
☆
5月14日
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1.
あらゆる美は、偶然的である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
2.
社会のシステムや管理の中で、
なんの役割りも与えられていない、
なんの特権も与えられていない人間が
ものを言いたい時に、
言う方法をどのように持つかを考えてやらないと、
代替のきかない最小限の人間の
衝動を禁ずることになる。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
3.
誰でも、偶然なしでは生きている愉(たの)しみがない。
そんなとき、無印の非力な馬の馬券を一枚買ってみる。
その馬の「万に一つの逆転の可能性」は、そのまま自分の人生の「万に一つの逆転の可能性」に通底しているからである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
4.
逃げつづける者の故郷は、この世の果てのどこまで行っても、存在しないものなのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
5.
落書きというのは、堕胎された言語ではないだろうか?
それは、誰に祝福されることもなく、書物世界における「家なき子」として、ときには永遠に「読まれる」ことなしに消失してしまうかもしれない運命を負っているのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
6.
(映画)俳優がほんとに死んじゃいけないよなあ。
俳優は映画の中で死ぬべきですよ。
ストーリーの中で死ねばいいんだ。
そしてまたべつの映画の中で生きかえる。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
7.
淋しいという字をじっと見ていると
二本の木が
なぜ涙ぐんでいるのか
よくわかる
ほんとに愛しはじめたときにだけ
淋しさが訪れるのです
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
8.
ボクサーが相手に挑(いど)み、
競馬ファンが(過去に)自分の勝った馬に賭け、
ジャイアンツ・ファンが王のバッターボックスに期待するものは、
この相対的な価値観にならされた時代における
「絶対なるもの」へのあこがれである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
9.
人間の条件は、つねに本質よりもさきに「生」そのものがあるのであって「はじめにことばありき」ではなく「はじめに声ありき」だったのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
10.
歴史をかえてゆくのは革命的実践者たちの側ではなく、むしろくやしさに唇をかんでいる行為者たちの側にある。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
11.
かつての時代にあっては、「自分にかわるべき」戦士は代議士であった。
しかし、政治というジャンルは決して彼らの内部生活を救済してはくれなかった。
それどころか政治は空しく彼らを裏切り、同時代人たちはスチュアート・ホルロイドではないが「政治を通さずに社会を変える」べき、べつの代理人を探さなければならなくなったのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
12.
法律とはたいてい、
その社会の体制に適合させてつくられるものであって、
内なるモラルとはまったく関係がない。
つまり善悪というものを、
人間の道徳で測ろうとすると、
法律は絶対ではない……ということです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
13.
能力なんてのは誰でも、みんなが、千の群衆の千の肉体がもってるものなのですよ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
14.
見るという行為は、人間を部分的存在にしてしまう。
もし、世界の全体を見ようとしたら目をとじなければ駄目だ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
15.
作者の仕事などは、しょせん、「書かれてしまった書物」から、自分のために残しておきたい部分を選び、あとは消しゴムで消し去ってゆく作業でしかないのかも知れないのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
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