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今日の
寺山修司の名言
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1月28日
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1.
男はだれでも死について想っている。
男にとって「いかに死ぬべきか」という問いは、「いかに生くべきか」という問いよりも、はるかに美的にひびくのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
2.
人生なんて、おどかしっこの肝だめし、
うそがなければほんともなくなる、
仮面がなけりゃ、ほんとの顔も見られないのよ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
3.
人間の体ってのは「言葉の容(い)れ物」にすぎないし、出し入れ自由である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
4.
愛憎は人間と人間とのあいだにしか生まれぬ感情だが、
怒りは時として神に対しても向けられる。
それは、自然と人間とのむなしい闘いのなかにも生まれる、
きびしい情念の父なのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
5.
子供は子供として完成しているのであって、大人の模型ではない。
毛虫と蝶々が同じものであるわけはないんで、毛虫は毛虫として完成しており、蝶々は蝶々として完成してると思う。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
6.
銭湯へ行くと、
体を洗うたのしみもそうだが、
近頃の噂ばなしがきける。
式亭三馬は、その「浮世風呂」の中で
「つらつら監(かんがみ)るに、銭湯ほどちかみちの教訓なるはなし」
と書いている。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
7.
空想は、行為の再現でもなければ終局でもない。
まさに現実と同じように、力学をもった存在である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
8.
短歌というのは、ある種の類感呪術というか、こっちで一人の男の腹を五寸釘でどんと打つと、向こうの三人くらいの男がばたんと倒れる、ふしぎに呪術的な共同性があって、……怪異なものだという感じがしますね。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
9.
友情というのは、「魂のキャッチボール」である。
一人だけが長くボールをあたためておくことは許されない。
受けとったら投げかえす。
そのボールが空に描く弧が大きければ大きいほど受けとるときの手ごたえもずっしりと重いというわけである。
それは現代人が失いかけている「対話」を回復するための精神のスポーツである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
10.
たのしいセックスができることは、
ダンスや歌がうまかったり、
絵に秀(すぐ)れていたり、
演技が上手だったりするのと同じように
その人の教養であり、才能でもあるべきです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
11.
賭博には、人生では決して味わえぬ敗北の味がある。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
12.
ボクサーは自分に勝つ必要なんかない、敵にだけ勝てばいいんだ。
敵と戦わなきゃならん大切なときに、
自分とも戦うなんて、無茶なことだ。
まるで、二人も相手にするようなもんじゃないか。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
13.
人間が裸になることは、一つの変身だ。
それは「生まれたままの姿になる」ことでも、「ありのままの正体をさらす」ことでもなく、むしろ逆だ。
(要約Ver)
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
14.
煙草くさき国語教師が言うときに
明日という語は最もかなし
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
15.
私は必ずしも「競馬は人生の比喩だ」とは思っていない。
その逆に「人生が競馬の比喩だ」と思っているのである。
この二つの警句はよく似ているが、まるでちがう。
前者の主体はレースにあり、後者の主体は私たちにあるからである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
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