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今日の
寺山修司の名言
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1月7日
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1.
(ネロやヒットラーの)間違いは
彼らが権力者だったことにあるのではなく、
だれかが権力をもちすぎたことにある。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
2.
私は、結婚はきらいだが、
花嫁と新婚旅行は好きだった。
結婚には、日常性がつきまとうのでわずらわしいが、
花嫁とか新婚旅行は虚構だからである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
3.
ドラマでもっとも美しいのは、人が自分の名を名乗るときではないか……。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
4.
すべては即興化する。
歴史自身のように。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
5.
犯罪というのは、いつでも
国家の中での反国家的行為が冠されることばだ。
同じ殺人でも
国家の名においてなされるものは、
犯罪とは呼ばれない。
死刑だって、
戦場における殺人だってそうだ
──それは、しばしば《正義》と名づけられることはあるが、
決して犯罪とは呼ばれない。
だが、国家の権威主義下の秩序を破って行われる殺人は、
すべて犯罪だ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
6.
私より少し先をゆく影が不意の死とぶつかる。
しかし、本体はまだ死にたくないので捲(ま)きこまれまいとして葛藤(かっとう)する。
切りはなそうとしても、どこまでもついてくる私自身の「影からの脱走」──人生なんて、案外そんなゲームなのかも知れない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
7.
さよならだけが
人生ならば
またくる春はなんだろう
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
8.
遠くへゆくことは、つねに反歴史的であり、一処(いっしょ)に定住して古くなってゆくことは、一本の木ほどに歴史的である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
9.
私には、忘れてしまったものが一杯ある。
だが、私はそれらを「捨てて来た」のでは決してない。
忘れることもまた、愛することだという気がするのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
10.
人には「歴史型」と「地理型」がある。
歴史型は一ヶ所に定住して、反復と積みかさねの中で生を検証し、地理型は拠点をかえながら出会いの度数をふやしてゆくことによって生を検証してゆくのであった。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
11.
父は反復であり、歴史である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
12.
まだまだ世間体や近所の噂、古い因習や道徳律、
そして損得と安全に捉われて
何もできないでいる若者たちが、
その抑圧と不満を、
スクリーンの中の代理人たちに
晴らして貰っている現実がおおすぎます。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
13.
(人生という芝居の自分の役柄に)化けて化けてとことんまで化けぬいて、お墓の中で一人で拍手喝采(かっさい)をきくんだ……。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
14.
たとえば書物とは
「印刷物」ばかりを意味するものではなかった。
街自体が、開かれた大書物であり、
そこには書きこむべき余白が無限に存在していたのだ。
かつて、私は
「書を捨てよ、町へ出よう」と書いたが、
それは「印刷物を捨てよ、そして
町という名の、べつの書物を読みに出よう」
と書き改められなければならないだろう。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
15.
美というものはしばしば社会生活の上で障害になる。
美はあくまでも個人的なものであり、人は美だけでは生きられないからである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
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