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今日の
寺山修司の名言
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1月6日
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1.
現代では、虚構と現実が二元的に対立している訳ではありません。
両者は、わかちがたく結びついているのです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
2.
おとうとよ
人生は
汽車に似ているね
さみしくなると
汽笛をならす
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
3.
政治は主に、人たちに何かを禁じる単位である。
政治的な権力は、何々を「してはいけない」ということを私たちに要求する。
それに対して、映画や演劇、詩、そうしたものの総体としての芸術は、人たちに何かを許す単位にかわりつつある。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
4.
死んだ人ほど家庭的だ。
決してどこにも行くことがない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
5.
女の子は、おそらくおモメさん(=お嫁さん)の晴れ着、周囲の祝福といったことを通じて、人生の「主役」を演じることの華やかさにあこがれるのだと思うが、現実の花嫁はあまりにも、はかない。
それは、女の一生の中の一万分の一にも足りない、つかのまの一瞬である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
6.
すべてのインテリは、東芝扇風機のプロペラのようだ。
まわっているけど、前進しない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
7.
鏡には、墜落(ついらく)への誘惑がひそんでいる。
一枚の鏡をじっと見ていると、私はその底の暗黒に吸いこまれ、墜落してゆくような目まいを覚えるからである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
8.
だれだ、あくびをしたのは。
まだすることは一杯あるんだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
9.
競馬の快楽とは、運命に逆らうことだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
10.
ひとびとは、ドン・キホーテとハムレットを二つの典型として扱うが、
二人とも「狂気を演じながら世を渡るしかない」という点では、
十円銅貨の裏と表ほどにぴったりと同じものであることがわかる。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
11.
快楽は、時としては政治的である。
だが、快楽はいつの場合にでも反社会的であった。
その定義は「革命は政治的であるが、いつの場合にも反社会的であった」と言い換えることもできる。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
12.
人類が最後にかかる、
一番重い病気は
「希望」という病気である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
13.
夕方の「さよなら」は一匙(ひとさじ)のココアだ。
甘ったるく、そのくせにがい。
夜になったら、また二人は結びついてしまうかも知れないので、ひどく心にもないことを言って早く別れてしまう。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
14.
重要なことは「賭博」は、時間的な人生の燃焼であって、実業ではないということである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
15.
人は一生のうちで一度だけ、誰でも詩人になるものである。
だが、やがて「歌のわかれ」をして詩を捨てる。
そして、詩を捨て損(そこ)なったものだけがとりのこされて詩人のままで年老いてゆくのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
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