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今日の
森信三の名言
☆
12月10日
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1.
部下の真価を真に見抜ける人物は極めて少ない。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
2.
目下の者が甘えるとか、
さらにはつけ入るなどということは、
結局は上の者の方が、
先に心の隙を見せるからです。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
3.
真の哲学の世界は、
実に果てしも知れぬ深くして、
かつ大いなる感動の世界でなければならぬ。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
4.
真の誠とは、
その時その時の自己の「精一杯」を尽くしながら、
しかも常にその足らざることを歎(なげ)くものでなくてはならぬ。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
5.
公(こう)生涯にあっては、
出処・進退の時機を誤らぬことが
何よりも肝要。
だが相当な人物でも、
とかく誤りがちである。
これ人間は自分の顔が見えぬように、
自分のことは分からぬからである。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
6.
人の長たる者は、
つねに自己の実力を磨くことを怠ってはならぬということは、
永遠の真理と言ってよいでしょう。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
7.
かにかくにひと世(よ)つらぬき生きて来(き)し
そのいや果てぞいのち賭けなむ
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
8.
われわれが夜寝るということは、つまり
日々人生の終わりを経験しつつあるわけです。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
9.
人間の天分というものは、
単に自分本位の立場でこれを発揮しようとする程度では、
十分なことはできない。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
10.
すべて人間は一道に徹すると、
国家社会の相がはっきりと見えてくるものです。
同時に一度そこに眼が開かれると、
自己に対しては無限の精進、
後に来る者に対しては無限の愛情が湧くのです。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
11.
お互い人間というものは、
自分の姿が一ばん見えないものであります。
したがって私達の学問修養の眼目も、
畢竟(ひっきょう)するに、
この知りにくい自己を知り、
真の自己を実現することだ
と言ってもよいでしょう。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
12.
教育ということは、
これを言い換えると
「人を植える道」と言うこともできましょう。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
13.
名・利(めいり)というものは
如何(いか)に虚しいものか。
しかも人間は
この肉の体の存(そん)するかぎり、
その完全な根切りは不可能と言ってよい。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
14.
夫婦というものは、
良きにつけ悪しきにつけ、
お互いに業(ごう)を果たすために結ばれたと言えましょう。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
15.
人間晩年になっても仕事が与えられるということは、
真に忝(かたじけな)い極みと思わねばならぬ。
待遇の多少など
もちろん問題とすべきではない。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
16.
(自己)否定という浄化作用、
すなわち自己反省というものを通らずに伸びたのは、
精神としては真に伸びたのではなくて、
かえって度のすぎたものとして、
結局欠点になる。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
17.
仏・魔の間(かん)、
真(まこと)にこれ紙一重のみ。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
18.
真に徹底した敬(けい)というものは、
生命の最も強い働きに外(ほか)ならぬ。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
19.
真の良書というものは、
これを読む者に対して、
その人の人生行路を決定していく意義を持つ。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
20.
単に自分が一個の職業に従事していながら、
しかもそこで会得したものが、
広く同種類の職業に従事している多くの人々に対して、
大きな慰めとなり、さらには激励となる
と言うに至って、
初めて真に国家社会に尽くすものと言えましょう。
同時にこのような境地に達した人は、
ある意味では、
職責を通して道を体得した人とも言えるでしょう。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
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