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今日の
寺山修司の名言
☆
2月14日
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1.
書きことばには政治性があり、話しことばには社会性がある。
(
寺山修司
)
2.
「家」は、その本質としては、土地への反喩(はんゆ)である。
土地は不滅だが、家族は交換可能だからである。
だが、土地と人とを結びつける呪的因果律として「家」をとらえようとして、前近代の悲劇はくりかえされてきた。
(
寺山修司
)
3.
言語は何と不自由なものだろう。
それには全体重ものらなければ、目のさめるような速度もない。
目に見えない「事物の代用品」でありながら、ただの道具であるにしてはあまりにも長い歴史を持ちすぎてしまった。
(
寺山修司
)
4.
少女と人形と娼婦とは、本来同じものである。
(
寺山修司
)
5.
まったく、思いがけない一行でも、
それが、だれかに行動の機会を作ることが出来たとしたら、
一行の作者の意図など問題にならないことだろう。
(
寺山修司
)
6.
偶然的な運の祝福をゲームにまで止揚(しよう)してみせるのが賭博というものなのである。
(
寺山修司
)
7.
女は何時(いつ)でも、家を作る。
巣を作るのも、ねぐらをあたためるのも女、子守唄をうたうのも、あたたかいスープを作るのも女である。
(
寺山修司
)
8.
劇は代理現実ではなくて現実そのものであり、
観客はそれを観察するのではなく体験するのである。
(
寺山修司
)
9.
救済というのは、集団の中で発揮される個人的なエゴイズムにすぎない。
だれが、欠けた茶碗を、枯れた一本の木を〈救済〉などできるものか。
(
寺山修司
)
10.
市民権を与えられないスラング、やくざたちの隠語は、言葉のアウトローである。
(
寺山修司
)
11.
結婚は、夢を自在に見る力によってだけ持続されるのです。
(
寺山修司
)
12.
女は生きてきた月日を思い出すとき、
それが夫であったり、家であったり、
山鳩(やまばと)の啼(な)いている森であったり、
お祭りであったりする。
だがそれは故郷とは別のものだということを男は知っている。
(
寺山修司
)
13.
本当の詩人というものは「幻を見る人」ではなくて「幻を作る人」である。
(
寺山修司
)
14.
自己の死は数えることができない。
それを見ることも、手でふれることもできない。
だが他者の死は読める。
数えられる。
手でさわることもできる。
それは再現さえ可能の世界なのだ。
(
寺山修司
)
15.
人はだれでも自分自身の遺失物なのだ。
(
寺山修司
)
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