名言ナビ
→ トップページ
今日の
田辺聖子の名言
☆
11月5日
☆
← 前日の名言
→ 翌日の名言
1.
地金(じがね)あらわれ、本音で生きるというのも、品のいいことだ。
(
田辺聖子
)
2.
結婚というのは、男なら、カシコでもアホでもできるが、女の人は、かしこくてはできにくい所がある。
かしこい女は、(なんで私が、こんなこと、せんならんのか)あるいは(言わんならんのか)と思うこともあるに違いない。
(
田辺聖子
)
3.
「女は家庭経営が天職だ」という女は、自分が家の中に引っ込んでいたいからそれを正当づけているにすぎません。
(
田辺聖子
)
4.
経験がたとえあっても、それが女の心にも体にも何ほどの痕(あと)も残さない、そういうあっけらかんとした女を処女という。
(
田辺聖子
)
5.
いまの男の政治家は、うわべをつくろうのだけは好きだが、マジメ・律儀という根本の必要な部分は脱落欠落しているのが多い。
(中略)政治こそ、女がやるに適した仕事であろう。
(
田辺聖子
)
6.
親子は断絶し対立すべきだ。
(
田辺聖子
)
7.
トシなんてねえ、三十五から先はなくなんのよ。
その人の持ってる味だけになんのよ。
(
田辺聖子
)
8.
二人で笑える仲って、男女の仲のナカでは二重マルくらいにいいトコをいくんじゃないかしら。
最低はモチロン、二人で泣く仲である。
(
田辺聖子
)
9.
本音を聞いたら、その場ですぐ忘れるのがいい。
本音ほど後遺症が烈(はげ)しく残り、即座に忘れることができないのが人間の悲しさである。
(
田辺聖子
)
10.
現代では人は、こうしたいから、こうした、と天衣無縫(てんいむほう)にいえないようになってしまっている。
(
田辺聖子
)
11.
(※恋愛小説における)アフォリズムは作者の存在証明、といってもよい。
(中略)恋愛には批評の苦味(ビター)があってこそ、その甘味は倍加される。
アフォリズムを読むたのしみは、恋愛小説においてこそ、強いであろう。
(
田辺聖子
)
12.
愛するということこそ、人生の主役であり、愛される、ってことは脇役にすぎないのかもしれない。
(
田辺聖子
)
13.
若い女の好悪(こうお)は、振幅が烈(はげ)しくて、いったんきらいだとなると、情け容赦(ようしゃ)もないのであった。
人間的な共感はふっとんでしまって、ただもう、生理的嫌悪(けんお)ばかりが先に立つ。
(
田辺聖子
)
14.
皮肉やワルクチは〈芸〉なくして扱ってはならず、その才のないことをわきまえるのも才能のうち、
そういうときは礼を失しないように控えるのが言論人の知性であろう。
(
田辺聖子
)
15.
老いは驚きや発見を失うことなのだ。
しかし私はそれを悲しむよりは、そういう〈老いの風景〉に興味を感じて、面白くてたまらない。
若い人は、〈何をみても既知感があるなんて、人生索莫(さくばく)たるものじゃありませんか〉というかもしれないが、これが案外そうではない。
(
田辺聖子
)
← 前日の名言
→ 翌日の名言
→ トップページ