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今日の
曽野綾子の名言
☆
8月21日
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1.
中年になって少しお金に余裕ができたら、
自分で電車賃を出し、手弁当で活動する。
お金はないけれど、
子供の手が離れて時間にゆとりができたなら、
隣の独り暮らしのおばあちゃんの洗濯をしてあげる。
それが、ボランティアの基本だと思います。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
2.
どんな表現にも過剰反応しないのが
普通の家族である。
だから安心して喋(しゃべ)れる。
そうした防波堤のような相手が、
少しずつ身の廻りから消えるのが、
晩年・老年というものの寂しさなのである。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
3.
いわれのない非難と闘っている限り、
人間は堕落しないで済みますし、
勇気に溢(あふ)れているものなのです。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
4.
(老年は)どんな後ろ姿でもいいのだ。
背が曲がっていても、禿げでも、
足を引きずっていても、
リュックが古びていても……
しかしその後ろ姿に歳月の重みが感じられ、絵になる人がすばらしい。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
5.
実際に、老人の間で常に問題になるのは、
自分の持っている金を
どのようなテンポで使っていったらいいか、
ということである。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
6.
老人や病人の長い看護は、
ほとんど世間から感謝や褒(ほ)められることがないまま、
もしかすると十年も二十年も続くのである。
それはただ、
神だけが眼に留め、
神だけが喜ばれるものである。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
7.
誰も(=誰もが)、
自分が生きやすい生き方を選ぶよりほかはない。
最上の道ではないが、
まだしも耐えやすい、
と思う道を選ぶのである。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
8.
一日は二十四時間しかない。
時間が一番やり繰りがきかない。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
9.
死を恐れるのは当然だが、
死ぬのは一回だけなのである。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
10.
人間は
常に勝利者になることはできない。
しかし
勝利者になるのも敗者になるのも、
人間の心が
しくその運命を受け入れれば、
得るものは同じくらい
大きく豊かな筈(はず)だと思う。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
11.
人生の最後に、
身辺を片づけ、
するべきことをして死ぬ、
などということは不可能だということが、
今度わかりました。
私は万事やりかけで、
すべてを無責任に放棄して死ぬつもりです。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
12.
どん底からスタートすれば、
もうこれ以上落ちようがない。
上がる希望だけが残されている
というすばらしさである。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
13.
人生の時間を、
縁のある、気の合った他人と
少しずつ共有することができたら、
それは大きな幸福だし、成功なのだと思えばいい。
しかしその基本には、
一人で生きる姿勢が必要なのである。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
14.
老後のことを熟年という言葉で表現する言い方があるが、
私は自分には似つかわしくない、と思っている。
なぜなら私は
かつて熟した人間であったことがないし、
これからも熟さぬままに干からびるに違いない
と思っているからである。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
15.
(一番欲しい)一つだけを求めて、
後(あと)を捨てる(=あきらめる)ということを、
恋愛結婚というのである。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
16.
「持っていても持たないかのように」生きることには
充分な意味がある。
その時初めて私たちは
失う場合に備えていることになり、
実際に失っても
少しは驚き慌てずに済む、
という心の自由に近づくのである。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
17.
自分の職場を愛さないほうがいい。
職場を愛しすぎると、
余計な人事に口出ししたり、
やめた後も何かと
かつての職場に影響力を持ちたがったり、
(職場の)人に迷惑をかけるようなことをする。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
18.
その人の生涯が豊かであったかどうかは、
その人が、どれだけ
この世で「会ったか」によって計られる。
(「会ったか」というのは)
人間にだけではない。
自然や、できごとや、
或(ある)いはもっと抽象的な魂や精神や思想に
ふれること(も含まれるの)だ。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
19.
死のたった一つのよさは、
もはや、何事も感じなくなることであろう。
私の骨がどこにどうなっていようと、
もはや、何の痛痒(つうよう)も感じない
ということなのである。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
20.
暗い顔をして生きてるのも人生なら、
明るく生きるのも同じ人生だ。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
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