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今日の
森信三の名言
☆
8月13日
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1.
現在の自分の生活のすべては、
自分のような人間にとっては、
もともと受けるに値しない
というように考えられるとしたら、
不足不満というものは一切ないわけで、
そういう人こそ、
真に幸せな日々を送っている人と言えます。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
2.
満身総身(そうみ)に、
縦横無尽に受けた人生の切り創(きず)を通して
つかまれた真理でなければ、
真の力とはなり難い。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
3.
真の読書というものは、
自分の内心の已(や)むにやまれぬ要求から、
ちょうど飢えた者が食を求め、
渇した者が水を求めるようであってこそ、
初めてその書物の価値を十分に吸収することができる。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
4.
出処進退のいかんは、
ある意味ではその一事でもって、
その人の全人格を判定せられる意味を持つものです。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
5.
真の修養というものは、
ある意味では
仕事の処理という点に、その中心がある。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
6.
幸福というものは、
直接に求めたのでは得られぬものです。
ではどうしたら幸福が得られるかと申しますと、
(一)自分の果たすべきつとめを果たすこと。
(二)何でもよいから物事を仕上げること。
(三)人に対して親切にすること。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
7.
友情の最も深く感ぜられるのは、
何と言っても
道を同じくし、師を共にする
同門の友との間柄でしょう。
というのも、
その時そこで語り合う問題は、
決して単なる世間話ではなくて、
常に人生の問題であり、
道の問題だからであります。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
8.
縁は求めざるには生ぜず。
内に求める心なくんば、
たとえその人の面前にありとも、
ついに縁は生ずるに到らずと知るべし。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
9.
弱さとは一種の悪であって、
弱き善人では駄目である。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
10.
そもそも世の中のことというものは、
真実に心に願うことは、
もしそれが単なる私心に基づくものでない以上、
必ずやいつかは、
何らかの形で成就せられるものであります。
このことは、
これを信ずる人には、
必然の真理として実現するでしょうし、
これを信じない者には、
単に一片の空言(そらごと)として終わるのです。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
11.
倦(あ)きがこないというのは、
それだけ「天」に通じる趣があり、
そのために、そういう作品は、
一見へたなように見えても、
結局は人々に好かれる。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
12.
真の哲学の世界は、
実に果てしも知れぬ深くして、
かつ大いなる感動の世界でなければならぬ。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
13.
「世の中に両方よいことはない」。
ところがたいていの人は、
何とかして両方ともよいようにしようともがくわけです。
どちらか一方を思い切って断念するか、
それとも両方とも基準を下げて調節するかしないと、
落ちつけないでしょう。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
14.
われわれ人間は、
一足飛びに二階へは上がれないように、
結局は一つ一つ階段を登っていく外(ほか)ないでしょう。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
15.
すべて最低絶対基本線の確保が大事であって、
何か一つ、これだけはどうしても守りぬき、やりぬく
──という心がけが肝要。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
16.
弱さと悪と愚かさとは、
互いに関連している。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
17.
物事は一応八十点級の出来映えでよいから、
絶対に期限に遅れないこと。
これ世に処する一大要訣と知るべし。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
18.
どうしたら子供たちを、
真に忍耐づよい子にすることが出来るか。
第一は、
人生に対して「立志」のタネマキがなされねばならぬ。
それには、親なり教師たるものが、
まず自己の「心願」を立て、
日々を真剣に生きぬくこと。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
19.
真に人に教えるというには、
自ら自己の欠点を除き得た人、
あるいはむしろ
常にわが欠点を除去しようと努力しつつある人にして、
初めてできることでしょう。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
20.
要するに平生(へいぜい)が大事なのです。
このことを昔の人は、
「平常心是道(これどう)」と申しています。
つまり、
剣を持ったり、坐禅をしている間だけが修業ではなくて、
むしろ真の修業は、
竹刀を捨て坐禅を解いてから始まるというわけです。
(
森信三
)
(
Mori Shinzou
)
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