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今日の
三島由紀夫の名言
☆
11月24日
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1.
いかなる兇悪(きょうあく)な詐欺師からよりも、
師から我々は欺かれやすい。
しかしそれは明らかに教育の一部である。
(
三島由紀夫
)
(
Mishima Yukio
)
2.
世阿弥がこれを「花」と呼んだとき、
われわれが花を一理念の比喩と解することは
妥当ではない。
それはまさに
目に見えるもの、
手にふれられるもの、
色彩も匂いもあるもの、
つまり「花」に他ならないのである。
(
三島由紀夫
)
(
Mishima Yukio
)
3.
何かにつけて青春が未来を喋々(ちょうちょう)するのは、ただ単に彼らがまだ未来をわがものにしていないからにすぎない。
何事かの放棄による所有、それこそは青春の知らぬ所有の秘訣だ。
(
三島由紀夫
)
(
Mishima Yukio
)
4.
一人一人の人生にとって、
時間というものは
二度と繰り返せぬものである。
時間はそれ自体無意味なものであり、
(時間の)約束も
それ自体はかないものであればこそ、
そこには人間の信義がかけられるのである。
(
三島由紀夫
)
(
Mishima Yukio
)
5.
未来社会を信じない奴こそが
今日の仕事をするんだよ。
(
三島由紀夫
)
(
Mishima Yukio
)
6.
私がむしろおそれるのは、
少年犯罪あるいは幼児犯罪を、
映画やテレビをふくめて、
すべてを社会的原因から説明しようとする親たちの、
怠慢な意識が、
子供たちに及ぼす反映である。
(
三島由紀夫
)
(
Mishima Yukio
)
7.
人に笑われるなどということは全く大したことじゃありません。
だから我々は大いに他人の失敗を笑うべきなのであります。
(
三島由紀夫
)
(
Mishima Yukio
)
8.
コムプレックスとは、
作家が首吊りに使う踏台なのである。
もう首は縄に通してある。
踏台を蹴飛ばせば万事おわりだ。
あるいは親切な人がそばにいて、
踏台を引張ってやればおしまいだ。
……作家が書きつづけるのは、
生きつづけるのは、
曲りなりにもこの踏台に足が乗っかっているからである。
(
三島由紀夫
)
(
Mishima Yukio
)
9.
自分の作品が批評の対象になり、
非常に客観的な物体になっているような、
自分の作品が大理石になり、
それがすばらしいのみさばきでどんどん彫刻されてゆくような、
そういう批評にぶつかると、
よろこびを感ずる。
(中略)そういうよろこびを感じさせない批評というものは
悪い批評だろうと思う。
(
三島由紀夫
)
(
Mishima Yukio
)
10.
大体、芸術家の値打の分れ目は、
死んだあとに書かれる追悼文の面白さで決る
と言ってよいが、
世間をあげて哀悼の意を表しても、
つまらない追悼文しか書かれない芸術家の死は
哀れである。
(
三島由紀夫
)
(
Mishima Yukio
)
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