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今日の
寺山修司の名言
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12月1日
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1.
親の愛情、とりわけ母親の愛情というものはいつもかなしい。
いつもかなしいというのは、それがつねに「片恋(かたおもい)」だからです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
2.
文明社会における不道徳というのは、
たった一つ、
「他人を不幸にする」ということだけです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
3.
(映画)俳優がほんとに死んじゃいけないよなあ。
俳優は映画の中で死ぬべきですよ。
ストーリーの中で死ねばいいんだ。
そしてまたべつの映画の中で生きかえる。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
4.
ぼくは政治主義がきらいで、革命が好きである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
5.
「想像力が権力を奪う」
これは、美しいことばである。
──パリで一ばんの詩人は、カルチェ・ラタンの壁である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
6.
何かを「あらわす」ために用いられる言語は、何かを「かくす」ためにも用いられる。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
7.
現代にあって戦争は政治利益の手段として、使命と役割を与えられ、貧困と飢餓にあって、戦いたくないものまで戦わさせられている。
だが、ゲームの本質は、やめたいものは何時(いつ)でもやめる自由を持つことであり、義務づけられるものではないはずだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
8.
罰する者は、つねに、自分は神の代理人だと思いこんでいるのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
9.
芸術的な権力というものが、もし存在するならばそれは政治的抑圧から、人たちを解放し、自由にしようとする営為(えいい)の中にある。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
10.
人間が裸になることは、一つの変身だ。
それは「生まれたままの姿になる」ことでも、「ありのままの正体をさらす」ことでもなく、むしろ逆だ。
(要約Ver)
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
11.
私たちの時代に失われてしまっているのは「幸福」ではなくて、「幸福論」である。
幸福がそれ自体として生きるためには、それを生かすための幸福論がなければならない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
12.
イカルスはとんだが、ぼくはとべなかった。
とぶことはただの冒険だがとぶことを想うことは思想なのだ、とぼくは自分に言いきかせて、せめてもの心を慰めることにした。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
13.
友情というのは、「魂のキャッチボール」である。
一人だけが長くボールをあたためておくことは許されない。
受けとったら投げかえす。
そのボールが空に描く弧が大きければ大きいほど受けとるときの手ごたえもずっしりと重いというわけである。
それは現代人が失いかけている「対話」を回復するための精神のスポーツである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
14.
幕があがり、幕がおりる。
生死も投企(とうき)も、
すべて幕のかなたの出来事であり、
観客はそれを「複製」して日常的現実に持ち帰ってゆくという発想は、
劇場の中に坐っている数時間を、
人生そのものとしてではなく、
人生の予備の時としてしか見ていないということになるのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
15.
成人した子たちは、「家庭」という、あらかじめ与えられていた集団から、自ら選んだべつの集団をめざす。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
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