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今日の
寺山修司の名言
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9月14日
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1.
自殺は、
あくまでも人生を虚構化する儀式であり、
ドラマツルギーに支えられた祭りであり、自己表現であり、
そして聖なる一回性であり、
快楽である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
2.
ふるさとと、そこを「出た」人間との関係は、どっちに転んでも裏切者になるほかないのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
3.
ぼくはふと幸福ということについて考える。
幸福はおそろしい。
いつでも誰かを亡(ほろ)ぼす。
──誰かでなければ、自分を。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
4.
人生は、どうせ一幕のお芝居なんだから。
あたしは、その中でできるだけいい役を演じたいの。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
5.
すべてのインテリは、東芝扇風機のプロペラのようだ。
まわっているけど、前進しない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
6.
いかなる時と雖(いえど)も、ぼくは「不運」と地獄とを峻別(しゅんべつ)して考えていたが、これは不運は在(あ)るものだが地獄は成(な)るものだからである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
7.
怒りは自動車のガソリンのようなものです。
怒りは要するに明日への活力です。
怒りをこめて「ふりかえって」も、すぎさった日々は回収され得ないでしょう。
それに過去というのは常に廃墟でしかありません。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
8.
家出の実践は政治的な解放のリミットを越えたところでの、自立と自我の最初の里程標(りていひょう)をしるすことになるだろう。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
9.
私たちは「近代」化を受け入れるにあたって、合理主義へ一つの留保をさしはさんだ。
それは、一口にいえば近代化への反逆とでもいったもので、無駄の哲学といったものである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
10.
必勝法を身につけてしまったギャンブラーには、何の賭博のたのしみがあるものだろう。
「人生では決して味わえない敗北の味」もまた、賭博のたのしみの一つなのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
11.
海には叙情詩と男声合唱のひびきがある
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
12.
人間が裸になることは、一つの変身だ。
それは「生まれたままの姿になる」ことでも、「ありのままの正体をさらす」ことでもなく、むしろ逆だ。
(要約Ver)
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
13.
たのしいセックスができることは、
ダンスや歌がうまかったり、
絵に秀(すぐ)れていたり、
演技が上手だったりするのと同じように
その人の教養であり、才能でもあるべきです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
14.
人はだれでも(ふるさとに)「帰りたい」と思いながら、しかし「帰る」ということが想像力のなかの出来事でしかないことを知るようになるのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
15.
人生は、連続しているのではなく断ち切れており、人は一生のうちに「何人かのべつの人間」として生きるのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
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