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今日の
寺山修司の名言
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9月13日
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1.
一本の樹は
歴史ではなくて
思い出である
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
2.
夏……古典の死
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
3.
人類が最後にかかる、
一番重い病気は
「希望」という病気である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
4.
私は笑わないばかりではなく、
笑うにんげんがきらいだった。
笑うにんげんは、歯が見えた。
ときには歯だけではなく、真赤な歯ぐきまで見えた。
私は、笑うにんげんは「食人鬼」だと思っていた。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
5.
人間は、
一つの言葉、一つ名の記録のために、
さすらいをつづけてゆく動物である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
6.
ソレルスの「暴力論」ではないが、
反戦とは
「反戦についてのシンポジウムをする」ことなどではなく、
自らの手で戦争の息の根を止めるための
「具象的行為」をなすべきである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
7.
遠くへゆくことは、つねに反歴史的であり、一処(いっしょ)に定住して古くなってゆくことは、一本の木ほどに歴史的である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
8.
どうか、あなたの人生で、あたしの(人生の)台本をよごさないで。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
9.
芸術的な権力というものが、もし存在するならばそれは政治的抑圧から、人たちを解放し、自由にしようとする営為(えいい)の中にある。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
10.
私には、忘れてしまったものが一杯ある。
だが、私はそれらを「捨てて来た」のでは決してない。
忘れることもまた、愛することだという気がするのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
11.
銭湯へ行くと、
体を洗うたのしみもそうだが、
近頃の噂ばなしがきける。
式亭三馬は、その「浮世風呂」の中で
「つらつら監(かんがみ)るに、銭湯ほどちかみちの教訓なるはなし」
と書いている。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
12.
人がもし、観ることだけによって世界とかかわろうとしたら、それは「人目につかぬ片隅の壁穴」になることでしかなく、それは自己疎外にほかならないでしょう。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
13.
演歌をふくめて、大衆の音楽というのは、つねに彼らの中にある故郷喪失感と、その回復願望といったものに根ざしているのかもしれない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
14.
現代の機械は、たいてい〈他殺機〉である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
15.
私は、子供の時から、
笑っている人間の客観的立場といったものになじめなかったため、
今になっても、笑う男と友情をもちたくないと思っている。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
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