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今日の
寺山修司の名言
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6月19日
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1.
思い出は、個人的な蓄積であるが、ときには疎外された人間たちの失地回復の〈緑の土地〉になることもあり得るのである。
(
寺山修司
)
2.
現代人は過去を感傷するだけでは生きてゆけない。
過去は、道具である。
人は、過去の力を借りて現在から自分を守ったり、現在を強化することで、過去の幻想から自分を守ったりする。
(
寺山修司
)
3.
怒りは自動車のガソリンのようなものです。
怒りは要するに明日への活力です。
怒りをこめて「ふりかえって」も、すぎさった日々は回収され得ないでしょう。
それに過去というのは常に廃墟でしかありません。
(
寺山修司
)
4.
目と書物とは、二十センチ位(くらい)の距離を保っているとコミュニケーションが成り立つが、それ以上近づくとぼやけてしまうし、それ以上遠ざかると、読めなくなってしまう。
ロートレアモンの詩もマルクスの論文も、わずか二十センチの距離を保つことによって存在してきたものにすぎないのだ。
(
寺山修司
)
5.
もしかしたら、私は憎むほど故郷を愛していたのかも知れない。
(
寺山修司
)
6.
「名言」は、言葉の年齢とは関係ない。
それは決して、年老いた言葉を大切にせよということではなく、むしろその逆である。
老いた言葉は、言葉の祝祭から遠ざかってゆくが、不逞(ふてい)の新しい言葉には、英雄さながらのような、現実を変革する可能性がはらまれている。
(
寺山修司
)
7.
自分の未来が自分の肉体の中にしかない。
(
寺山修司
)
8.
大体、不満屋ってのは世の中との折り合いが悪いんじゃなくて自分との折り合いが悪い奴のことなんだから。
(
寺山修司
)
9.
社会主義国家が私の発見、私の芸術的行為にとって不適当な「場」だということは資本主義の独占体制にとってもまた同断である。
(
寺山修司
)
10.
もし、彼(=ヒットラー)の実現した世界が、現実ではなくて、映画俳優たちによって演じられたスクリーンの中の物語、あるいはリンツの劇場の歌劇であったとしたら(彼自身はそれでも充分満足したに違いないが)──悪の巨匠として、別の評価をうけていたかも知れない。
(
寺山修司
)
11.
一つのことを信じることは、
べつのことを裏切るということだ。
信じるというのは、
残酷なことなのだ。
(
寺山修司
)
12.
誰でも、偶然なしでは生きている愉(たの)しみがない。
そんなとき、無印の非力な馬の馬券を一枚買ってみる。
その馬の「万に一つの逆転の可能性」は、そのまま自分の人生の「万に一つの逆転の可能性」に通底しているからである。
(
寺山修司
)
13.
私たちは、靴屋に靴を作ることを代行させた。
洋服屋に洋服を作ることを代行させた。
コックに肉を焼くことを代行させた。
そして、政治までも代議させることを許してきたのだから、愛したり、悲しんだりすること位(くらい)は自分のために残しておきたい、と思うのだ。
(
寺山修司
)
14.
片想いってなに?
と女の子が訊(き)きました。
想像力の愉(たの)しみだよ、
とぼくは答えました。
(
寺山修司
)
15.
劇場があって劇が演じられるのではない。
劇が演じられると、劇場になるのである。
(
寺山修司
)
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