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今日の
寺山修司の名言
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5月5日
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1.
自殺は、
あくまでも人生を虚構化する儀式であり、
ドラマツルギーに支えられた祭りであり、自己表現であり、
そして聖なる一回性であり、
快楽である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
2.
「自分語」ってのは、
例えばある男が、
神戸に何か月かいて、青森に何年いて、横浜に何週間いたという経験をして、
その間いろんな人間に出会い、
その人とのつき合いが深い分だけ
その人の言葉の影響を受けて、
結局いろんなナマリが微妙に合成された独特の語り口で話す、
というようなことだと思うんです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
3.
劇場の中には、さまざまの〈出会い〉が組織される。
それは俳優と役中人物との〈出会い〉、俳優と観客との〈出会い〉、観客と役中人物との〈出会い〉、観客と観客との〈出会い〉──と、限りなくあるのだが、従来の劇場の中での〈出会い〉として表出されていたのは、その中の観客と役中人物との〈出会い〉だけであった。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
4.
「阿呆(あほう)も狂気も、それ自体として捉(とら)えられたことは一度もなかった。
それらを捉えている歴史上の総体──さまざまの概念、さまざまの制度、法治と治安上の処置によって作りあげられてしまったのです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
5.
この世界では、
まっすぐの道はすべて迷路なんだ。
なぜなら、まっすぐの道は、
どこまでも歩いてゆけば、
必ずもとの場所に戻ってくる。
何しろ、地球は球体をしているからね。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
6.
相手を傷つけずに相手を愛することなどできる訳がない。
勿論(もちろん)、愛さずに傷つけることだってできる訳がないのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
7.
少なくとも、
薪(まき)を背負って本を読むよりは、
薪を下ろして本を読む方が
頭に入ります。
それに、読書は
人生のたのしみであって、
義務ではない。
山道を歩くときには、
本ではなくて山道を“読む”べきです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
8.
ふるさとの訛(なま)りなくせし友といて
モカ珈琲はかくまでにがし
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
9.
私はどのようなイデオロギー下にあっても、国家なんてものを好きになることはできないよ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
10.
いまの時代では、
まさに善なるものは、かなしい。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
11.
(映画の)スクリーンは、
並んで坐った者同士が「同じ夢を見る」ための
限られたスペースであり、
映画は夢の入口に誘う眠りのようなものである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
12.
私たちの時代に失われてしまっているのは
「幸福」ではなくて、
「幸福論」である。
幸福がそれ自体として生きるためには、
それを生かすための幸福論がなければならない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
13.
夕方の「さよなら」は
お互いの顔を見ないで、
たとえば、空を見たりすることがある。
だから夕焼けの赤さだけが
二人の心に残るのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
14.
親が子に寄せる愛も、ときには親自身の孤独とエゴイズムから生まれる私有欲であり、子にとって重荷である場合もあるのです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
15.
おまえのかなしみは
一日も早く
よごしてしまったほうがいい
そして
洗濯機で洗ってしまうのさ
ぼくはよく見かける
洗濯物といっしょに
風にはためいている
おまえの
白いかなしみを
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
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