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今日の
寺山修司の名言
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1月1日
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1.
「阿呆(あほう)も狂気も、それ自体として捉(とら)えられたことは一度もなかった。
それらを捉えている歴史上の総体──さまざまの概念、さまざまの制度、法治と治安上の処置によって作りあげられてしまったのです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
2.
詩や音楽が「精神的な化粧品」であるように、
性もまた「精神的な化粧品」であると思われます。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
3.
この世でいちばん遠い場所は
自分自身の心である
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
4.
目と書物とは、二十センチ位(くらい)の距離を保っているとコミュニケーションが成り立つが、それ以上近づくとぼやけてしまうし、それ以上遠ざかると、読めなくなってしまう。
ロートレアモンの詩もマルクスの論文も、わずか二十センチの距離を保つことによって存在してきたものにすぎないのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
5.
親との対話という名での、血的遺産のリレーを中断し、むしろ親とも「友情」を持てるような互角の関係を生みだすためには、幸福な家庭も捨てなければならないのである。
自分ひとりでも歩かねばならない──むしろ、自分ひとりでこそ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
6.
映画館の暗闇というやつは、
ときには数億光年の遠さを感じさせる。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
7.
旅は出会いである。
人は出会いの偶然をもとめて
汽車に乗る。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
8.
競馬に賭けるのは親の代に「決定づけられてしまっている生物学的運命に対する」私たち自身の脱出の占いのようなものである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
9.
「幸福」を書物によってとらえようとすれば、書物の歴史性が邪魔をするというのが、私の考えだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
10.
競馬においては「強い者が勝つ」という論理は通用などしない──本質が存在に先行するならば、賭けたり選んだりすることは無用だからである。
「勝ったから強い」のであり、存在は本質に先行するからこそ、人は「存在するための技術」を求めてやまないのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
11.
ふだん美徳だと思っていることだって、
本当に自分が、自身の人生を形成しようとする見地に立って考えてみた場合、
全く無意味だったり、
妨げになっていたりすることだってあるのです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
12.
現代の機械は、たいてい〈他殺機〉である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
13.
夢を深く見すぎると、いつかその夢に復讐されます。
かと言って、夢を見ようとしない人は、いつも味気ない日を過ごさなければなりません。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
14.
政治は理屈じゃないよ。
政治はアジア問題でも、唯物論でもない。
政治はほら、あの、ガンガンと頭の痛くなるような道路工事だのタクシーの値段なんだよ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
15.
ドラマでもっとも美しいのは、人が自分の名を名乗るときではないか……。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
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