名言ナビ
→ トップページ
今日の
寺山修司の名言
☆
10月10日
☆
→ 日別名言メニュー
← 前日の名言
→ 翌日の名言
1.
にんげんの最後の疎外は自分の想像力からの疎外であり、それからの解放、自らの内臓の壁への落書きだけが「詩の創生」につながる、もっともラジカルな闘いだということになるのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
2.
言葉の肩をたたくことはできないし、言葉と握手することもできない。
だが、言葉にも言いようのない、旧友のなつかしさがあるものである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
3.
私より少し先をゆく影が不意の死とぶつかる。
しかし、本体はまだ死にたくないので捲(ま)きこまれまいとして葛藤(かっとう)する。
切りはなそうとしても、どこまでもついてくる私自身の「影からの脱走」──人生なんて、案外そんなゲームなのかも知れない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
4.
いま何か新しい創造をはじめようとする同時代の若者たちにとって、最大の敵は今日の名作である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
5.
夕方の「さよなら」は一匙(ひとさじ)のココアだ。
甘ったるく、そのくせにがい。
夜になったら、また二人は結びついてしまうかも知れないので、ひどく心にもないことを言って早く別れてしまう。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
6.
まったく、思いがけない一行でも、
それが、だれかに行動の機会を作ることが出来たとしたら、
一行の作者の意図など問題にならないことだろう。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
7.
家出少年の最も親しい道づれは幻想である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
8.
すべてのインテリは、東芝扇風機のプロペラのようだ。
まわっているけど、前進しない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
9.
いつまでも過ぎ去った日にかかわっていると
文明どころか、自分の人生にさえも
とり残されてしまうことになるのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
10.
悪口の中においては、
つねに言われてる方が主役であり、
言ってる方は脇役であるという宿命がある。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
11.
現代では、虚構と現実が二元的に対立している訳ではありません。
両者は、わかちがたく結びついているのです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
12.
人生は汽車に似ているな。
旅をしながら年とって古くなってゆく。
自由になりたいな、って思うが、レールの外に出れる訳じゃない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
13.
マゾヒストは、ただ、相手のなすにまかせて、白日夢のなかに遊んでいればいい。
マゾヒズムこそは、貴族の快楽であり、まったく〈あなたまかせ〉で、できるゲームなのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
14.
片想いはレコードでいえば、裏面のようなものです。
どんなに一生懸命うたっていても、相手にはその声が聞こえない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
15.
生が終わって死が始まるのではない。
生が終われば
死もまた終わってしまうのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
← 前日の名言
→ 翌日の名言
→ 日別名言メニュー
→ 今日の名言(テーマ別)
→ 今日の名言(星 座 別)
→ 今日の名言(血液型別)
→ 日別の名言(テーマ別)
→ 日別の名言(星 座 別)
→ 日別の名言(血液型別)
→ トップページ