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今日の
寺山修司の名言
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7月24日
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1.
今日では、標準語は政治や経済を語る言葉になってしまった。
──人生を語るに足るのは、方言しかないからだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
2.
親にとって、子が一人立ちできるようになった日からはもう子は自分のものではないのだ……ということを知る必要があるのです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
3.
映画はでき上がったときから回想されるという形式であり、歴史と同じように、二度目に現れてくるときは、受けとり手の想像力の中でしか生きられないものである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
4.
夢を深く見すぎると、いつかその夢に復讐されます。
かと言って、夢を見ようとしない人は、いつも味気ない日を過ごさなければなりません。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
5.
人はだれでも(ふるさとに)「帰りたい」と思いながら、しかし「帰る」ということが想像力のなかの出来事でしかないことを知るようになるのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
6.
にんげんは、
中途半端な死体として生まれてきて、
一生かかって完全な死体になるんだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
7.
定住することは、不滅を信じることだ。
私は、そんなものを信じない。
できるならば、私の死んだあとでも、墓は汽車の連結器の中につくってもらいたいと、思っている位(くらい)である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
8.
いま何か新しい創造をはじめようとする同時代の若者たちにとって、最大の敵は今日の名作である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
9.
今日の大学は、
近代劇のための劇場に換喩(かんゆ)されるならば、
さしずめ「教授」は「俳優」である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
10.
少なくとも、薪(まき)を背負って本を読むよりは、薪を下ろして本を読む方が頭に入ります。
それに、読書は人生のたのしみであって、義務ではない。
山道を歩くときには、本ではなくて山道を“読む”べきです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
11.
人間同士の葛藤(かっとう)のドラマは結局、人間を超えることは出来ないが、偶然との葛藤である競馬は、まるで「神の意志」とのたたかいのように思われたのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
12.
政治的な革命というのは部分的な革命にすぎない。
全人的な意味での革命とは、本当に自分が望んでいることがなにかを知ることから始めなければならない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
13.
(私は)偉大な政治家にならなくともよいし、偉大なスポーツマンにならなくともよい。
ただ、偉大な質問者になりたい。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
14.
自由というのは、もはや、不自由の反対語ではないのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
15.
「われわれは夢の中ではあらゆることが許されている」のだ。
虚構は治外法権であり、孤立した個人の内部を架橋(かきょう)して、想像力による連帯を可能にする。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
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