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今日の
寺山修司の名言
☆
6月7日
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1.
もしかしたら、私は憎むほど故郷を愛していたのかも知れない。
(
寺山修司
)
2.
生が終わって死が始まるのではない。
生が終われば死もまた終わってしまうのだ。
(
寺山修司
)
3.
いかなる時と雖(いえど)も、ぼくは「不運」と地獄とを峻別(しゅんべつ)して考えていたが、これは不運は在(あ)るものだが地獄は成(な)るものだからである。
(
寺山修司
)
4.
快楽は、時としては政治的である。
だが、快楽はいつの場合にでも反社会的であった。
その定義は「革命は政治的であるが、いつの場合にも反社会的であった」と言い換えることもできる。
(
寺山修司
)
5.
人間の思慮分別は、はかないものです。
風にそよぐ葦(あし)のようなものです。
(
寺山修司
)
6.
時がくると、私の人生にはピリオドが打たれる。
だが、父親になれた男の死はピリオドではなく、コンマなのだ。
コンマは休止符であり、また次のセンテンスへとひきつがれてゆくことになる。
(
寺山修司
)
7.
人生は、止まらない汽車なのだ。
もし、停車駅があるとすれば、それは死を意味することになるだろう。
(
寺山修司
)
8.
ぼくはどこへも行けなかった……あの忌(い)まわしい家族たちから逃れてわが家の他人になるための放浪に出るには何かが欠けていた、そう、肉親への憎しみが、欠けていたのだ。
(
寺山修司
)
9.
賭博は、想像力によって偶然性を組織しようとする人々のゲームである。
(
寺山修司
)
10.
ドラマでもっとも美しいのは、人が自分の名を名乗るときではないか……。
(
寺山修司
)
11.
たまには怒ったら、どうですか?
怒ると、人間らしくなる。
少なくとも怒れるってことは植物じゃできないことだからね。
(
寺山修司
)
12.
街は、いますぐ劇場になりたがっている。
さあ、台本を捨てよ、街へ出よう。
(
寺山修司
)
13.
女はだれでも、運の悪い女は美しくないということを知っているし、男はだれでも必然性からの脱出をもくろんでいる。
(
寺山修司
)
14.
定住することは、不滅を信じることだ。
私は、そんなものを信じない。
できるならば、私の死んだあとでも、墓は汽車の連結器の中につくってもらいたいと、思っている位(くらい)である。
(
寺山修司
)
15.
一目惚れって……そう、はじめて見た海みたいなものね。
(
寺山修司
)
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