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今日の
寺山修司の名言
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4月25日
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1.
マッチ擦(す)るつかのま海に霧ふかし
身捨つるほどの祖国はありや
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
2.
振り向くな、振り向くな、
後ろには夢がない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
3.
現代では、虚構と現実が二元的に対立している訳ではありません。
両者は、わかちがたく結びついているのです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
4.
美術館は、アプリオリに存在しているのではなく、時に応じて成り立つものである。
それは、しばしば「在(あ)る」ものではなく、鑑賞者の体験によって「成(な)らしめられる」無名の形態なのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
5.
自分の家というのはつねに一代のものであり、それは西部の草原に愛する妻と二人で小舎(こや)を立ててはじめてゆくような「創生」の歓びに充ちたものだと思っています。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
6.
僕は、思想的立場からすれば
「デブ」が好きです。
今日のように、
痩せ細った肉体の持主たちの支配する知的文明というものが、
人間をしだいに
主知的にし、理性的にして、
肉体の素晴らしさから遠ざけてゆくものだ
と思っているのです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
7.
従来の日本人は魂の鎖国令の中で、春夏秋冬をくりかえす反復性を重んじたが、私はそうした歴史主義を打破して、地理的、対話的に旅しながら問い、去りながら生成したい、と思ったのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
8.
しかし、教育というのは半(なか)ばお節介の仕事ではありませんか?
自分の子さえいい環境に引越しさせれば、他の子は構わないというのでは、教育の本質から外れていると言わざるをえません。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
9.
見るという行為は、人間を部分的存在にしてしまう。
もし、世界の全体を見ようとしたら目をとじなければ駄目だ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
10.
私は、夜死んでゆく勝負師というのは、きらいである。
王者が死ぬのには朝がいちばんふさわしい。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
11.
過ぎ去ったことなどはみな、
比喩(ひゆ)にすぎない……
それは遠い他国の出来事なのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
12.
鳥は生まれるためには、卵のカラをこわさなきゃならないんだわ。
卵のカラはお父さんよ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
13.
ネロの一生はどこかヒットラーの一生を思わせる。
彼らはオペラハウスでやることを
国家の歴史の上で演(や)ってしまった
という「場ちがい」をしただけのことだからである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
14.
ソレルスの「暴力論」ではないが、
反戦とは
「反戦についてのシンポジウムをする」ことなどではなく、
自らの手で戦争の息の根を止めるための
「具象的行為」をなすべきである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
15.
実際に起こらなかったことも
歴史のうちであり、
〈過去〉だけでは
真実を解きあかすことができない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
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