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今日の
寺山修司の名言
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4月10日
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1.
人は一生のうちで一度だけ、
誰でも詩人になるものである。
だが、やがて「歌のわかれ」をして
詩を捨てる。
そして、詩を捨て損(そこ)なったものだけが
とりのこされて
詩人のままで年老いてゆくのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
2.
なみだは
人間の作るいちばん小さな海です。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
3.
現代にあって戦争は政治利益の手段として、使命と役割を与えられ、貧困と飢餓にあって、戦いたくないものまで戦わさせられている。
だが、ゲームの本質は、やめたいものは何時(いつ)でもやめる自由を持つことであり、義務づけられるものではないはずだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
4.
想像力は、政治状況によって「与えられる」のではなく、むしろ与えられる政治状況に自己の主体を与え返すための武器でなければならなかったはずである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
5.
成人した子たちは、「家庭」という、あらかじめ与えられていた集団から、自ら選んだべつの集団をめざす。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
6.
家族たちさえも憎めないようなぼくに
どうして他人を恨むことができよう
まして愛することなんか……
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
7.
「出会い」はいつでも残酷である。
しあわせに見える出会いの瞬間も、まさに「別離(わかれ)のはじまり」であると思えば、むなしいものだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
8.
海で死んだ若ものは
すべて 太陽のなかに葬(ほうむ)られる
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
9.
競馬においては「強い者が勝つ」という論理は通用などしない──本質が存在に先行するならば、賭けたり選んだりすることは無用だからである。
「勝ったから強い」のであり、存在は本質に先行するからこそ、人は「存在するための技術」を求めてやまないのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
10.
私より少し先をゆく影が不意の死とぶつかる。
しかし、本体はまだ死にたくないので捲(ま)きこまれまいとして葛藤(かっとう)する。
切りはなそうとしても、どこまでもついてくる私自身の「影からの脱走」──人生なんて、案外そんなゲームなのかも知れない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
11.
人はだれでも自分自身の遺失物なのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
12.
(映画の)スクリーンは、
並んで坐った者同士が「同じ夢を見る」ための
限られたスペースであり、
映画は夢の入口に誘う眠りのようなものである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
13.
この広い空の下のどこかに、私の分身が一人いて、私とのめぐり逢いを求めながら旅しているのではなかろうか?
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
14.
賭博は、
資本主義の富の生産、流通、消費に、
もう一つのシステムを与えるものであり、
ただのレジャーや気晴らしなどでもなければ、
自治体の経済を助ける必要悪などでもない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
15.
故郷というものは「捨てる」ときにはじめて、意味を持ってくるという性質のものらしい。
だから一生故郷を捨てないものには「故郷」が存在としては感じがたい。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
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