名言ナビ
→ トップページ
今日の
寺山修司の名言
☆
3月29日
☆
→ 日別名言メニュー
← 前日の名言
→ 翌日の名言
1.
親は自分がえらび出した人間ではないが、
友人や恋人は、
自分が「選ぶ」ことによって関係の生じた人間である。
親なんかより、はるかに自分に身近なのは
「自分が選んだ他人」なのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
2.
美しい人情噺(ばなし)の裏には、必ずドス黒い哄笑(こうしょう)が口を開けているものである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
3.
美というものはしばしば社会生活の上で障害になる。
美はあくまでも個人的なものであり、人は美だけでは生きられないからである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
4.
心もまた、肉の一部である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
5.
想像する、ということが現実のみすぼらしさへの報復にすぎないという考え方は、現実と想像とのあいだへ「階級」を持ちこむことである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
6.
能力なんてのは誰でも、みんなが、千の群衆の千の肉体がもってるものなのですよ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
7.
人が死ぬときには、
それぞれにふさわしい死の曲というのがある。
自分に似合った曲をききながら
息を引きとることができれば、
この上ない幸福だと思うべきだろう。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
8.
(人が)ヘンシンするのは仮面をつけたときではない。
人はむしろ、仮面をつけたときには安心して本当のことを言える。
だが、裸にされたら、
本当のことを言ってはいられない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
9.
どんなすばらしい風景も、
人間の想像力を上まわるものではない
ということを知ってしまえば、
「わざわざ出かけるまでもない。」
ということになるのかも知れない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
10.
親にとって、子が一人立ちできるようになった日からはもう子は自分のものではないのだ……ということを知る必要があるのです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
11.
ボクサーが自分のためでなく、
誰かのためにたたかっていると思いだしたら(=思い始めたら)、
それはもう転落のはじまりなのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
12.
相手を傷つけずに相手を愛することなどできる訳がない。
勿論(もちろん)、愛さずに傷つけることだってできる訳がないのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
13.
歴史なんてのは、ひとの経験を思い出に変えることからしかはじまらないのさ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
14.
旅情というのは、旅立つ前の見知らぬ土地への憧憬(どうけい)と、到達してしまったものの幻滅とのあいだをつなぐ、(それゆえに、まだ、どちらにも属さない)感情だということになるのだろう。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
15.
マゾヒストは、ただ、相手のなすにまかせて、白日夢のなかに遊んでいればいい。
マゾヒズムこそは、貴族の快楽であり、まったく〈あなたまかせ〉で、できるゲームなのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
← 前日の名言
→ 翌日の名言
→ 日別名言メニュー
→ 今日の名言(テーマ別)
→ 今日の名言(星 座 別)
→ 今日の名言(血液型別)
→ 日別の名言(テーマ別)
→ 日別の名言(星 座 別)
→ 日別の名言(血液型別)
→ トップページ