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今日の
寺山修司の名言
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1月11日
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1.
先生と生徒の関係というのは、有識と無識という階級関係によっては成り立たない。
「知らないから教えてやるのだ」とか「できてないから人間を作ってやるのだ」という教育の姿勢は、いつかはブラックボード・ジャングルと呼ばれる「暴力教室」の氾濫(はんらん)を招くことになるだけである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
2.
勝負というのはいわば、
絶対へのあこがれなのであって、
そこにおける叙事詩的な成果は、
まさに「勝利」にしかない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
3.
わかれは必然的だが、出会いは偶然的である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
4.
「自分語」ってのは、
例えばある男が、
神戸に何か月かいて、青森に何年いて、横浜に何週間いたという経験をして、
その間いろんな人間に出会い、
その人とのつき合いが深い分だけ
その人の言葉の影響を受けて、
結局いろんなナマリが微妙に合成された独特の語り口で話す、
というようなことだと思うんです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
5.
私たちは「近代」化を受け入れるにあたって、合理主義へ一つの留保をさしはさんだ。
それは、一口にいえば近代化への反逆とでもいったもので、無駄の哲学といったものである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
6.
ぼくはどこへも行けなかった……
あの忌(い)まわしい家族たちから逃れて
わが家の他人になるための放浪に出るには
何かが欠けていた、
そう、肉親への憎しみが、欠けていたのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
7.
日本の政治家は政治的言語のボキャブラリーが乏しい。
というより、
日本人はもともと
政治的言語を使い馴れていない国民だったのではないか、
という気がします。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
8.
家族たちさえも憎めないようなぼくに
どうして他人を恨むことができよう
まして愛することなんか……
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
9.
「阿呆(あほう)も狂気も、それ自体として捉(とら)えられたことは一度もなかった。
それらを捉えている歴史上の総体──さまざまの概念、さまざまの制度、法治と治安上の処置によって作りあげられてしまったのです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
10.
死は、もしかしたら、一切の言語化の中にひそんでいるのかも知れない。
なぜなら、口に出して語られない限り、「そのものは、死んでいない」ことになるのだから。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
11.
貞淑(ていしゅく)さを失った関係はわびしいが、貞淑をいつも必要としている関係は、もっとわびしい。
私有しなければ貞淑さなど問題にならぬことなのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
12.
自殺は、
あくまでも人生を虚構化する儀式であり、
ドラマツルギーに支えられた祭りであり、自己表現であり、
そして聖なる一回性であり、
快楽である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
13.
旅をするのは男、漁や狩りにゆくのも男、そしていつでも「見知らぬ土地」のことを想いつづけているのも男である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
14.
酒を飲まなくても陶酔は出来るし、金を媒介にしなくても女と(付き合って)別れることは学べる。
だが賭けないものには賭博の実感は味わえないのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
15.
人間の完成というのは彼の死によってしか達成されない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
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