名言ナビ
→ トップページ
今日の
曽野綾子の名言
☆
9月20日
☆
→ 日別名言メニュー
← 前日の名言
→ 翌日の名言
1.
人は与えるからこそ、
(子供から)大人になり、
おいぼれではなく青年であり続けるのである。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
2.
老齢になったら、自然に
(公的立場から)身を引かなければならない。
それは決して
自分の好きなことを全く断ったり、
不当な遠慮をしたりすることではない。
旅行でも、花作りでも、囲碁・将棋でも、
できる範囲の個人の資力・体力でやれることには、
なんら差し障りはないのである。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
3.
高齢である、ということは、
若年である、というのと同じ
一つの状態を示すに過ぎない。
それは悪でもなく、善でもない。
資格でもなく、功績でもない。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
4.
生きるということは、
これまたほどほどに
人(=他人)を困らせることでもある。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
5.
病む時も健康な時も、
共にその人の人生である。
病気の仕方も、病人の暮らさせ方もまた
芸術になり得る。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
6.
若者の時に冒険する人は
選ばれた人ですけれど、
老年はほとんどの人が冒険していいんです。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
7.
(お互いの)違いは
あくまでも礼儀正しく認め合えればいいのだ。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
8.
すべての人にとって、
生と死は
なだらかな一本の道として、
坦々と続いている。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
9.
反発を恐れていたら何もできません。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
10.
私たちはすべてのことから学べる。
悪からも善からも、
実(じつ)からも虚からも
恐らく学べる。
(その際)狭い見方が敵なのであろう。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
11.
人間は「老・病・死」に直面して初めて自分を把握し、
自分の生命が数十年の使命を終えて無機物に還るその過程を
「受諾」する気持になれる。
つまり「老・病・死」は、
人間が自分を真に成熟したものとして育てるための、
最後の贈りものなのである。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
12.
人間は、老年になったら、
いかに自分のことを自分でできるか、
ということに情熱を燃やさなければならない。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
13.
自分を追いつめないようにすること。
その方法は、
何にでも「たかが」をつけて考えることです。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
14.
多少の不便や不遇が自然に発生した時に、
私たちはそれを(学びの)好機と思い、
運命が与えてくれた贈り物と感謝し、
むしろ最大限に利用することを考えるべきなのである。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
15.
人の考え方や好みを簡単に裁くことはできない。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
16.
いいこと、おもしろいこと、凄いことをやる人は、
皆心のどこかに
確実に死の観念を持っています。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
17.
人は死ぬ時、
ただ一言「ゴメンナサイ」と言って
別れを告げたらいいのだろう、と思う。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
18.
老年は、
若い時には忙しさに取り紛れてできなかった自分の完成のために、
まさに神から贈られた時間を手にしているのである。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
19.
決して他人の不幸を放置していいということではないが、
人間は幸福な時(がある)だけでなく、
苦悩と悲しみがある時に
さらに厚みのある人間になる。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
20.
六十を過ぎたら、その人は、
人間として、いいところは既に生きたのだ。
七十を過ぎたら、
もっと余分にいいところは生きたのだ。
だから、その後どれだけ長く生きたかということは、
大した問題ではない。
(
曽野綾子
)
(
Sono Ayako
)
← 前日の名言
→ 翌日の名言
→ 日別名言メニュー
→ 今日の名言(テーマ別)
→ 今日の名言(星 座 別)
→ 今日の名言(血液型別)
→ 日別の名言(テーマ別)
→ 日別の名言(星 座 別)
→ 日別の名言(血液型別)
→ トップページ