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不寛容・不寛大の名言
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寛容・寛大
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不寛容/非寛容、寛容でない/寛容さがない
寛容/寛大
寛容さ/寛大さ
1.
あらゆる宗教のうちでキリスト教は、
疑いもなく最も寛容を教えたはずの宗教である。
しかし、現在までのところ、
キリスト教徒は
すべての人間の内で最も不寛容な人たちであった。
(
ヴォルテール
)
(
Voltaire
)
2.
寛容の精神は
我々すべてを兄弟にする。
しかし不寛容の精神は
人間を野獣にする。
(
ヴォルテール
)
(
Voltaire
)
3.
過去の歴史を見ても、
我々の周囲に展開される現実を眺めても、
寛容が自らを守るために、
不寛容を打倒すると称して、不寛容になった例を
しばしば見出すことができる。
しかし、それだからと言って、
寛容は、自らを守るために
不寛容に対して不寛容になってよいというはずはない。
(
渡辺一夫
)
(
Watanabe Kazuo
)
4.
信仰の深さと不寛容さは、
常に裏表の関係にあります。
(
村上春樹
)
(
Murakami Haruki
)
5.
ある人物のことを
「寛容でない」と言って
批判することもまた、
「寛容でない」のである。
(
七瀬音弥
)
(
Nanase Otoya
)
6.
他者の狂気、自分の狂気に対して
寛大でなければ、
とても街では生きていけないのだ。
(
中島らも
)
(
Nakajima Ramo
)
7.
人間の歴史は、
一見不寛容によって推進されているようにも思う。
しかし、たとえ無力なものであり、敗れ去るにしても、
犠牲をなるべく少なくしようとし、
推進力の一つとしての不寛容の暴走の制動機となろうとする寛容は、
過去の歴史のなかでも、
決してないほうがよかったものではなかったはずである。
(
渡辺一夫
)
(
Watanabe Kazuo
)
8.
寛容の武器としては、
ただ説得と自己反省しかないのである。
従って、寛容は不寛容に対する時、
常に無力であり、敗れ去るものであるが、
それはあたかもジャングルの中で人間が猛獣に食われるのと同じことかもしれない。
(
渡辺一夫
)
(
Watanabe Kazuo
)
9.
批判する人に対して、
「寛容さがない」と批判する人も、
「寛容さがない」のである。
(
七瀬音弥
)
(
Nanase Otoya
)
10.
寛容な者は
最も性急な人間であり、
辛抱強い者は、
いちばん非寛容な人間である。
(
カール・ルートヴィヒ・ベルネ
)
(
Karl Ludwig Berne
)
11.
寛容なローマ社会が、
なぜキリスト教に対して不寛容であり得たかというに、
それは、ビュアリによれば、
ローマ社会の寛容を脅すキリスト教の不寛容を抹殺して
自らの寛容を保とうとしたからである。
(
渡辺一夫
)
(
Watanabe Kazuo
)
12.
猛獣に対して人間は
説得の道が皆無であるのに反し、
不寛容な人々に対しては、
説得のチャンスが皆無ではない。
そこに若干の光明もある。
(
渡辺一夫
)
(
Watanabe Kazuo
)
13.
現実には不寛容が厳然として存在する。
しかし、我々は、それを激化せしめぬように努力しなければならない。
争うべかざらざることのために争ったということを
後になって悟っても、
その間に倒れた犠牲は生きかえってはこない。
(
渡辺一夫
)
(
Watanabe Kazuo
)
14.
不寛容な時代と言われるし、
言いたいことが言えない世の中になってきたという主張や分析は流行る。
(
武田砂鉄
)
(
Takeda Satetsu
)
15.
知識人たちには
野蛮な不寛容を倒せない。
思考なき純粋な獣性を前にしたとき、
思考は無力だ。
だからといって
教義を備えた不寛容と闘うのでは手後れになる。
(
ウンベルト・エーコ
)
(
Umberto Eco
)
16.
寛容と不寛容とが相(あい)対峙(たいじ)した時、
寛容は最悪の場合に、
涙をふるって最低の暴力を用いることがあるかもしれぬのに対して、
不寛容は、
初めから終りまで、何の躊躇(ちゅうちょ)もなしに、
暴力を用いるように思われる。
(
渡辺一夫
)
(
Watanabe Kazuo
)
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