名言ナビ
→ トップページ
テーマ
不寛容・不寛大の名言
関連テーマ
《
寛容・寛大
》
関連メニュー
不寛容/非寛容、寛容でない/寛容さがない
寛容/寛大
寛容さ/寛大さ
1.
過去の歴史を見ても、
我々の周囲に展開される現実を眺めても、
寛容が自らを守るために、
不寛容を打倒すると称して、不寛容になった例を
しばしば見出すことができる。
しかし、それだからと言って、
寛容は、自らを守るために
不寛容に対して不寛容になってよいというはずはない。
(
渡辺一夫
)
(
Watanabe Kazuo
)
2.
寛容の武器としては、
ただ説得と自己反省しかないのである。
従って、寛容は不寛容に対する時、
常に無力であり、敗れ去るものであるが、
それはあたかもジャングルの中で人間が猛獣に食われるのと同じことかもしれない。
(
渡辺一夫
)
(
Watanabe Kazuo
)
3.
寛容と不寛容とが相(あい)対峙(たいじ)した時、
寛容は最悪の場合に、
涙をふるって最低の暴力を用いることがあるかもしれぬのに対して、
不寛容は、
初めから終りまで、何の躊躇(ちゅうちょ)もなしに、
暴力を用いるように思われる。
(
渡辺一夫
)
(
Watanabe Kazuo
)
4.
猛獣に対して人間は
説得の道が皆無であるのに反し、
不寛容な人々に対しては、
説得のチャンスが皆無ではない。
そこに若干の光明もある。
(
渡辺一夫
)
(
Watanabe Kazuo
)
5.
寛容なローマ社会が、
なぜキリスト教に対して不寛容であり得たかというに、
それは、ビュアリによれば、
ローマ社会の寛容を脅すキリスト教の不寛容を抹殺して
自らの寛容を保とうとしたからである。
(
渡辺一夫
)
(
Watanabe Kazuo
)
6.
現実には不寛容が厳然として存在する。
しかし、我々は、それを激化せしめぬように努力しなければならない。
争うべかざらざることのために争ったということを
後になって悟っても、
その間に倒れた犠牲は生きかえってはこない。
(
渡辺一夫
)
(
Watanabe Kazuo
)
7.
不寛容な時代と言われるし、
言いたいことが言えない世の中になってきたという主張や分析は流行る。
(
武田砂鉄
)
(
Takeda Satetsu
)
全部で、7件
→ トップページ
LINK
LINK
LINK