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今日の
寺山修司の名言
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2月7日
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1.
もし、彼(=ヒットラー)の実現した世界が、現実ではなくて、映画俳優たちによって演じられたスクリーンの中の物語、あるいはリンツの劇場の歌劇であったとしたら(彼自身はそれでも充分満足したに違いないが)──悪の巨匠として、別の評価をうけていたかも知れない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
2.
望郷の歌をうたうことができるのは、
故郷を捨てた者だけである。
そして、母情をうたうこともまた、同じではないでしょうか?
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
3.
空想を、現実の中で具現しようとすることは、いかなる時代においても、犯罪的であると、私は考える。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
4.
「想像力が権力を奪う」
これは、美しいことばである。
──パリで一ばんの詩人は、カルチェ・ラタンの壁である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
5.
他者の死は、かならず思い出に変わる。
思い出に変わらないのは、自分の死だけである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
6.
人生ではやり直しがきかない。
出遅れたら、追い込むしかないのだった。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
7.
恋愛は、結婚に形をかえたとたんに消えてしまうこともあるが、友情は決して何にも形をかえることができない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
8.
あらゆる美は、偶然的である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
9.
鳥人の理想はあくまでも「飛ぶ」ことにあるのであって、飛ぶことによって何かを為(な)すことにあるのではない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
10.
読書にとっては
「作家論」などより
「読者論」のほうが、はるかに重大だ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
11.
見るという行為は、人間を部分的存在にしてしまう。
もし、世界の全体を見ようとしたら目をとじなければ駄目だ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
12.
友情というのは、「魂のキャッチボール」である。
一人だけが長くボールをあたためておくことは許されない。
受けとったら投げかえす。
そのボールが空に描く弧が大きければ大きいほど受けとるときの手ごたえもずっしりと重いというわけである。
それは現代人が失いかけている「対話」を回復するための精神のスポーツである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
13.
詩や音楽が「精神的な化粧品」であるように、
性もまた「精神的な化粧品」であると思われます。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
14.
(映画の)スクリーンは、並んで坐った者同士が「同じ夢を見る」ための限られたスペースであり、映画は夢の入口に誘う眠りのようなものである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
15.
芸術的な権力というものが、もし存在するならばそれは政治的抑圧から、人たちを解放し、自由にしようとする営為(えいい)の中にある。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
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