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今日の
寺山修司の名言
☆
11月15日
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1.
親が子に寄せる愛も、ときには親自身の孤独とエゴイズムから生まれる私有欲であり、子にとって重荷である場合もあるのです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
2.
どこの国でも、どんな祭りでも、
にぎやかなところは、
なぜか侘(わび)しさがつきまとう。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
3.
思い出は、個人的な蓄積であるが、ときには疎外された人間たちの失地回復の〈緑の土地〉になることもあり得るのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
4.
歴史(=過去)は、「やさしく、美しいものばかり」とは、かぎらないのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
5.
「名言」などは、所詮(しょせん)、
シャツでも着るように
軽く着こなしては脱ぎ捨てていく、
といった態のものだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
6.
人生の暗い部分を見ない人間には、
その深さはわからない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
7.
言葉の肩をたたくことはできないし、言葉と握手することもできない。
だが、言葉にも言いようのない、旧友のなつかしさがあるものである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
8.
「自分語」ってのは、
例えばある男が、
神戸に何か月かいて、青森に何年いて、横浜に何週間いたという経験をして、
その間いろんな人間に出会い、
その人とのつき合いが深い分だけ
その人の言葉の影響を受けて、
結局いろんなナマリが微妙に合成された独特の語り口で話す、
というようなことだと思うんです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
9.
旅行であれ、出立(しゅったつ)であれ、行く先のある者は、幸福である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
10.
時には、言葉は思い出にすぎない。
だが、ときには言葉は世界全部の重さと釣合うこともあるだろう。
そして、そんな言葉こそが「名言」ということになるのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
11.
遠くへゆくことは、つねに反歴史的であり、一処(いっしょ)に定住して古くなってゆくことは、一本の木ほどに歴史的である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
12.
青春というのは、幻滅の甘やかさを知るために準備された一つの暗い橋なのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
13.
劇場の中には、さまざまの〈出会い〉が組織される。
それは俳優と役中人物との〈出会い〉、俳優と観客との〈出会い〉、観客と役中人物との〈出会い〉、観客と観客との〈出会い〉──と、限りなくあるのだが、従来の劇場の中での〈出会い〉として表出されていたのは、その中の観客と役中人物との〈出会い〉だけであった。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
14.
ふるさとと、そこを「出た」人間との関係は、どっちに転んでも裏切者になるほかないのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
15.
大体人生相談してくるのは、相談前にもう自分で答えが決まってるのが多い。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
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