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今日の
寺山修司の名言
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9月20日
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1.
つまらない書物というのはないが、つまらない読書というのはある。
どんな書物でも、それを経験から知識にしてゆくのは読者の仕事であって、書物のせいなどではないからである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
2.
幸福は
何かの代償でも事物でもなく、
行為そのものであり、
その行為の水先案内人として
「幸福論」があるのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
3.
私は必ずしも「競馬は人生の比喩だ」とは思っていない。
その逆に「人生が競馬の比喩だ」と思っているのである。
この二つの警句はよく似ているが、まるでちがう。
前者の主体はレースにあり、後者の主体は私たちにあるからである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
4.
人間は言葉と出会ったときから、思想的である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
5.
いい死体の役者は、
百ぺん死ねる役者のことだ。
たった一度だけじゃ、
演技と言えない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
6.
ソクラテスの存在も、プラトンの頭の中の虚構が半分、という推理が成り立つ。
だれだって、自分の愛人の伝記を書くときには「あるがままの彼」ではなく、「そうあってほしかった彼」を書くものだからである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
7.
どんなすばらしい風景も、
人間の想像力を上まわるものではない
ということを知ってしまえば、
「わざわざ出かけるまでもない。」
ということになるのかも知れない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
8.
肉声には暴力のおもむきがあり、
書物のことばには権力の匂いがするのは、
肉声が往復可能であるのに比して、書物が片道伝達しかはたさないからなのかも知れない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
9.
美しさのまえで人は自分を偽(いつわ)らざるを得なくなり、いつのまにか自分が自分でない自分になってしまう。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
10.
勝負というのはいわば、
絶対へのあこがれなのであって、
そこにおける叙事詩的な成果は、
まさに「勝利」にしかない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
11.
海には失われた声がある
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
12.
自由というのは、もはや、不自由の反対語ではないのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
13.
思い出は、個人的な蓄積であるが、ときには疎外された人間たちの失地回復の〈緑の土地〉になることもあり得るのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
14.
すべては即興化する。
歴史自身のように。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
15.
誰でも、偶然なしでは生きている愉(たの)しみがない。
そんなとき、無印の非力な馬の馬券を一枚買ってみる。
その馬の「万に一つの逆転の可能性」は、そのまま自分の人生の「万に一つの逆転の可能性」に通底しているからである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
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