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今日の
寺山修司の名言
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7月26日
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1.
現代人は過去を感傷するだけでは生きてゆけない。
過去は、道具である。
人は、過去の力を借りて現在から自分を守ったり、現在を強化することで、過去の幻想から自分を守ったりする。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
2.
時には、言葉は思い出にすぎない。
だが、ときには言葉は世界全部の重さと釣合うこともあるだろう。
そして、そんな言葉こそが「名言」ということになるのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
3.
夕方の「さよなら」は
お互いの顔を見ないで、
たとえば、空を見たりすることがある。
だから夕焼けの赤さだけが
二人の心に残るのである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
4.
友情というのは、「魂のキャッチボール」である。
一人だけが長くボールをあたためておくことは許されない。
受けとったら投げかえす。
そのボールが空に描く弧が大きければ大きいほど受けとるときの手ごたえもずっしりと重いというわけである。
それは現代人が失いかけている「対話」を回復するための精神のスポーツである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
5.
人は誰も、走りながら読書することはできないし、泳ぎながら次のページを繰(く)ることはできない。
現在の時間を停止させる行為の中で、一瞬の永遠を手に入れるのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
6.
少女と人形と娼婦とは、本来同じものである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
7.
たとえば書物とは「印刷物」ばかりを意味するものではなかった。
街自体が、開かれた大書物であり、そこには書きこむべき余白が無限に存在していたのだ。
かつて、私は「書を捨てよ、町へ出よう」と書いたが、それは「印刷物を捨てよ、そして町という名の、べつの書物を読みに出よう」と書き改められなければならないだろう。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
8.
親は自分がえらび出した人間ではないが、
友人や恋人は、
自分が「選ぶ」ことによって関係の生じた人間である。
親なんかより、はるかに自分に身近なのは
「自分が選んだ他人」なのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
9.
殺しも芸のうちだからな。
近頃の戦争のように、死人を量産すると、どうしても一つ一つの死が粗雑になっていけない。
世の中がいくら合理化しても、せめてひと殺し位(くらい)は昔ながらの、手仕事のよさを残しておきたいもんだと思うねえ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
10.
市民権を与えられないスラング、やくざたちの隠語は、言葉のアウトローである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
11.
ぼくは、知りたいために賭ける。
賭けるものは、つねに投げ出された「部分的存在」であり、統一的な世界のイメージを探究しつづけるものだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
12.
父は反復であり、歴史である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
13.
「書かれた詩句」以上に「消された詩句」の方が(もし、消されずに残っていたら)人の心をうったかも知れない、と思うことがある。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
14.
この広い空の下のどこかに、私の分身が一人いて、私とのめぐり逢いを求めながら旅しているのではなかろうか?
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
15.
競馬に賭けるのは親の代に「決定づけられてしまっている生物学的運命に対する」私たち自身の脱出の占いのようなものである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
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