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今日の
寺山修司の名言
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5月25日
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1.
愛国心というのは、
他国をにくむという心である。
わが家を愛し、わが母をいつくしむという心は、
わが家以外の家を愛さないという心であり、
わが母以外を愛さないという心である。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
2.
経験をそれ自体として演劇化せずに、
知識のなかで現実に引用可能の解決へもってゆこうとすることは、
とても政治的なような気がする。
それはコミュニストの発想ではあっても、
ならず者の発想じゃない。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
3.
短歌形式がつねに自省をともなった事実信仰を前提にしていたのは「そうであった自分」の呪縛からのがれられなかったからだと言ってもいいだろう。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
4.
どんな詩も、閉じられた書物の中では死んでいる。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
5.
友情というのは、「魂のキャッチボール」である。
一人だけが長くボールをあたためておくことは許されない。
受けとったら投げかえす。
そのボールが空に描く弧が大きければ大きいほど受けとるときの手ごたえもずっしりと重いというわけである。
それは現代人が失いかけている「対話」を回復するための精神のスポーツである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
6.
一本の樹は
歴史ではなくて
思い出である
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
7.
短歌というのは、ある種の類感呪術というか、こっちで一人の男の腹を五寸釘でどんと打つと、向こうの三人くらいの男がばたんと倒れる、ふしぎに呪術的な共同性があって、……怪異なものだという感じがしますね。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
8.
私たちは「正義」が政治用語であると知るまで、長い時間と大きな犠牲を払わねばならなかった。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
9.
私は笑わないばかりではなく、
笑うにんげんがきらいだった。
笑うにんげんは、歯が見えた。
ときには歯だけではなく、真赤な歯ぐきまで見えた。
私は、笑うにんげんは「食人鬼」だと思っていた。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
10.
猫と女は、呼ぶと逃げ、呼ばないとすりよってくると言うが、運命もまた、こっちが冷たくしていると機嫌とりにやってきて、こっちがしつこく追いまわすと遠ざかってしまう。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
11.
ひとはだれでも、
実際に起こらなかったことを
思い出にすることも、できるものなのです。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
12.
何かを「あらわす」ために用いられる言語は、何かを「かくす」ためにも用いられる。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
13.
過ぎ去ったことなどはみな、
比喩(ひゆ)にすぎない……
それは遠い他国の出来事なのだ。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
14.
言葉を友人に持ちたいと思うことがある。
それは、旅路の途中でじぶんがたった一人だと言うことに気がついたときにである。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
15.
私は、〈過去〉という文字にルビをふるときにエクスペリエンス〈経験〉とするよりも、ストーリー〈物語〉とする方が当たっているという意見で、「過ぎ去ったことはすべて物語にすぎない」と思っている。
(
寺山修司
)
(
Terayama Shuuji
)
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